• 各地の天気
  • 健康予報
  • 雨レーダー
  • 雲画像
  • 気圧配置図
  • 台風情報
  • 警報注意報
  • 世界の天気
  • 実況アメダス
  • 天気図類
  • お天気ライブカメラ
  • 気象データDLサービス
連載エッセイ [25]
温暖化と生きる
吉野正敏

 
寒波再来
 
2010年12月―冷える北半球?

 2009年11月末から2010年の1月−2月には北半球では日本・中国を含め大雪にみまわれた。ヨーロッパ諸国・アメリカ合衆国でも近年まれにみる大雪や低温になやまされた。この連続エッセイ[2]・[3]・[4]でも、その実態をかなり詳しく紹介した。このような大雪はあまり頻繁には起きないだろうと思われた。
 ところが、2010年夏の猛暑が終わるやいなや、大雪の知らせが、あちらこちらから飛びこんできた。しかも、北米・ドイツなどでは、十数年ぶりだとか、1963以来の寒さだとかいう。日本でも昭和38年(1963年)の大雪を“サンパチ豪雪”と呼んで、歴史に残る低温・大雪が大きな被害を各方面にもたらしたことが知られている。
 さて、2010年12月、低温・大雪がまた発生した。この冬全体でどうなるか、予断を許さない。今回は、いままでの情報をまとめて、2010年12月の状況をとらえておきたい。
 ヨーロッパ各地、アメリカ合衆国、東アジアの中国・日本などについて述べる。

イギリス

 今回の低温・大雪は北西〜北ヨーロッパ諸国から始まった。12月初頭の1−2日、北欧諸国のほとんどの空港が雪のため閉鎖された。新聞情報ではヨーロッパ全体で凍死者数45人に達するといわれる。東欧の南東部諸国では大雨で、川の氾濫が各所で起きた。旧ユーゴスラビアの諸国では100年来の状況であった。南欧でも河川の大氾濫があった。
 しかし、最もひどかったのは北西ヨーロッパであった。2010年秋すでに低温傾向は始まっていた。ダブリン空港は12月2日〜3日雪のため閉鎖、ロンドンのガトウィック空港も豪雪のため約1,200便が欠航となった。その後遺症は数日に及んだ。列車や長距離バスの運休、学校閉鎖が大規模に発生した。政府は低温・大雪の影響評価に苦慮した。
 この低温は5−6日ころいったん弱まった。しかし、この期間、北極地方には寒気が集積した。そして、その後、後述するような気圧配置の変化で寒気がいっきに全ヨーロッパに流出した。1879年以来の最低記録−20.6℃をスコットランドの高原で観測した。北ヨークシャーのレーミング空軍基地では−18.3℃を観測したが、これは過去55年間の最低の記録である。
 降雪・積雪も最悪であった。イギリス・スコットランドの広い範囲で1963年以来の豪雪で76cmに達した地点もあった。イギリス自動車連盟の報告では23万件以上の雪による事故があったという。

ドイツ

 ドイツでは、“強い低気圧”、“あらし前線”、または“雪前線”「ペトラ Petra」”と呼んで、今回の豪雪をもたらした北極気団の南下による前線活動が報告されている。台風のように強大なエネルギーをもち被害をもたらすので、名前がついているのである。北極気団の南下だから、国内では北ドイツ海岸において特に影響が大で、低温・雪のほかに強風になやまされた。北ドイツで積雪20cm以上になるのはめずらしいことであった。霰・凍雨による路面凍結がひどかった。北ドイツのシュレスビッヒ・ホルシュタインから南ドイツのバイエルンまで、ドイツ全国に『悪天』警報−注意報が発令された。12月6−7日だけでもドイツ国内で雪と氷による数千件の自動車事故が報告された。
 フランクフルト空港では1,400便の中、百便以上が欠航し、スケジュールの遅れはひどく、乗客約200人が空港で徹夜をして、出発便を待った。鉄道・道路は積雪のため寸断された。ベルリンでは雪による鉄道被害が深刻で、Sバーン(循環線)は12月15−16日など1日中遅れた。ベルリン郊外で国鉄車両のスリップ事故も発生した。
 ドルトムントでは長距離バスが立往生し、乗客は高速道路を歩かねばならなかった。エッセンでも路面凍結、その他、各地で小学校・中学校の学級閉鎖、早退などが相次いだ。マグデブルクの近くでは、道路の路面凍結で滑った自動車内に取り残された人が死んだ。アウトバーンでは走行を見合わせた自動車で駐車場が満車となり、仕方なく本線の側レーンに駐車した車で、また、事故が引き起こされた。
 ドイツ人は“ホワイト・クリスマス”をことのほか期待する。日本人が“春のさくら”を待ち焦がれるのと似ている。この大雪にもめげず、新聞はクリスマスまで雪がもつかどうか案じている様子を報道している。

フランス・イタリア・その他

 フランス人は晩秋を好む。今年のように早くきた冬に戸惑いを隠せない。豪雪はフランス南西部でひどく、パリではそれほどでもない。しかし、寒さは北フランスでひどく、市当局は、パリ市内だけで毎年100人は凍死者がいると言われているので、その数をゼロにしようと緊急事態の対応を再検討した。フランス全国で道路や鉄道が寸断されたのはドイツと同じである。
 ポーランドの南部と西部では大雪になったが、行政当局はまだ準備をしていなかった。クロアチアやハンガリーでも状況は同じで、気象予報と対策がうまく機能していないことが指摘された。低温・豪雪それぞれに対応する部局の縦割り行政の問題点が、計らずも表面化した。
 イタリアでは豪雨による洪水が起こった。ベニスの歴史的なセンターは洪水に見舞われた。これまでにも、秋の終わりに地中海沿岸では、集中豪雨のような現象がよく発生した。地中海の海面水温はまだ高く、一方、冬に近くなって、上空に寒気が流入する気圧配置の時、激しい上昇気流が起こる。この寒気は、フランスのローヌの谷やスロベニアやトリエステ付近のヨーロッパアルプスの地形(山脈の幅や高度)からみて南下しやすいところを越して地中海に入る。そこで集中豪雨を発生させる。今回のベニス付近の洪水も同じような構造であろう。

北アメリカ・ヨーロッパ・東アジアの寒波

 紙面の余裕がなくなってきたので、2010年12月に北アメリカと中国で起きた豪雪・寒波について、上述のヨーロッパの例をふくめて、まとめて考えておきたい。
 2010年12月12日、アメリカ合衆国中西部ミネアポリスでは豪雪になり、64,000人が入れるメトロドームの屋根が雪の重みに耐えきれず、骨組みが1部破損する事故がおきた。築後30年というから、老朽化もあろうが象徴的な出来ごとであった。20日に予定されていたミネソタ・ヴァイキングとニューヨーク・グランティスとのナショナルフットボールの試合前で、死傷者がなかったことは救いであった。13日にはカナダからオハイオ・ジョージアにかけて豪雪となった。50cmの積雪でもこの地域では大雪だが、1mとなると日常生活は不能となる。気温は−25℃にまでなったという。
 一方、東アジアの中国でも、寒波が北部で特にひどかった。黒龍江省や内蒙古では12月13日から雪や低温にみまわれた。ところによっては−22℃までさがった。長距離バスは運休した。
 これら、北アメリカ・ヨーロッパ・東アジアの3地域は、北半球の冬にできる定常的な谷の位置にほぼ一致している。すなわち、ヨーロッパの東経10〜20度、東アジアの東経130〜140度、北アメリカの西経80度付近である。その点ではきわめて正常的な位置である。この谷の西側では北極地方からの寒気が南下する。これが半球規模でみた場合の大気の流れである
 次に、北大西洋・ヨーロッパ位の地域スケールでみると偏西風がメアンダー(曲流)して、これが数日ないし十日以上も続き、発達するとブロッキング現象を起こす。高気圧性の循環をもつブロッキングの中心が2010年12月の場合、北大西洋北部にあった。したがってその東側は北からの寒気が南下する。このようにして、ヨーロッパは低温と大雪に見舞われた。北半球が全体冷えたわけではない。


←indexへ戻る
  • お天気レシピ
  • ワンちゃんお散歩ナビ
  • スキー情報
  • サクラ情報
  • お天気アロマテラピー
  • わたしてんき
  • 健康コラム
  • 健康天気ことわざ
  • バイオウェザー川柳
  • 生きもの歳時記
  • 異常気象時代のサバイバル
  • お天気豆知識
  • 暮らしの中のバイオクリマ
  • 温暖化と生きる
  • 異常気象を追う
  • 風を歩く
  • お天気カレンダー