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連載エッセイ [19]
異常気象時代のサバイバル
吉野正敏

 
秋 ― 日本人が最も好む季節 ―
日本人の季節感

 去る9月23日の朝日新聞の天声人語欄によると、「源氏物語」の中で、最も多く出てくる季節は秋で、花が咲き、若葉が萌える春より、圧倒的に秋が多い。これは、日本人が秋により深く心を動かされるので、文芸作品にも描かれるのであろうというような内容であった。
 さらに私に言わせれば、より現実的な生活に結びついている地名・氏名にも日本では秋がつくものが春より多いのである。秋山・秋川・秋田・・・は、それぞれ春山・春川・春田より圧倒的に多い。そして、夏・冬は少ない。かつて「気候地名集成(古今書院、2001)」・「気候地名をさぐる(学生社、1997)」に、このことはかなり詳しく書いた。例えば、オーストリアの気候地名の統計では、夏が74、秋が10、冬が54、春は0である。一般的にヨーロッパ・アメリカでは、夏・冬が多く、春と秋が非常に少ない。日本の傾向とは対照的である。

「夏と冬」と「春と秋」の違い

 「夏と冬」は気温の年変化から見て両極端の季節である。とすれば、サバイバルにはこの方が「春と秋」より重要なのではないか。最近の猛暑・酷暑の出現などや、暖冬中の寒波襲来・豪雪を体験すれば、こう言いたくなる。しかし、サバイバルの観点からはそう簡単ではない。変化が急な期間ほど、インパクトは強烈になり、対応・反応体制の効果が強くなる場合があるからである。
 まず、日本人の春・秋好み、関心の由来は何か。長い冬籠りから開放されて、明るい陽の光を存分に受けられる春を享受する。日本全国、サクラの花に酔いしれる。しかし、秋はそれを上回って好まれる。秋は収穫の季節。黄金色の田んぼでは稲穂がたれる。村むらでは秋祭り、運動会。これは都会の町でも同じである。モミジばかりでなくたくさんの落葉広葉樹が色付く。萩の花に見とれる。乾いた大陸からの移動性高気圧が好天と心地よい乾燥と冷気をもたらす。これは弥生時代以前から培われた日本の水田稲作地帯の風景であり、生活の場であり、取り巻く自然である。
 これに加えて、最近私が考えているのは、水田が示す広い水平な、そして緑から黄色に変わる土地の心理作用である。ヨーロッパの放牧地域のなだらかな曲線を画く緑の斜面とは異なる作用をもたらしているのではないか。1枚の田んぼの面積・形はまちまちである。非常に狭くなるとわれわれは棚田と呼ぶが、広い耕地整理された田んぼと同じく、この水面で培われる水平感覚は精確な水準器によるといえよう。日本人の平衡感覚の原点とあえて言いたい。熱帯の水田地帯は2毛作・3毛作で1年中この風景が続くので、かえって新鮮でない。日本では秋になると、春の田植えの準備から、田植え作業、夏の緑の水田の見回り・手入れなどの管理を経て、秋には、水平な、広々とした黄金色の田んぼが集落を取り囲む。ヨーロッパアルプスの山地の放牧地帯などとはその違いは大きい。日本の春は出発点、秋は終着点である。そして、日本の水平な直線と、ヨーロッパのなだらかな曲線との差は見逃せない。
 欧米人の「冬と夏」と言うのは、放牧地帯における冬の雪積の白と、夏の草原の緑という季節区分によるのではなかろうか。ドイツのハイデルベルクの夏祭りを冬がやっと終わった4月末、四十数年前のことだが、筆者は見た。その後、この季節感覚の日本人との差はどうして起きるのか、その理由や影響をいつも考えてきた。一つの回答は「春と秋」がヨーロッパは日本より短い。その長短の差が、心地よい気温、その間に味わう動植物の季節現象の長短が主な原因であるとされよう。

秋が好まれるのは

 さらにそれを強調するのが黄金色の水平に広がる秋の水田、そこにたわわに実るイネの穂であった。
 では、春より秋がどうして好まれるのか。思い付くままに列挙すると、
(1) 実り、収穫の季節。
(2) 萩、菊、野草の花など、そそとした花の盛り。
(3) さわやかな空気。
(4) 夏の高温・多湿な天候からの開放。
(5) やがて必ず来る灰色の冬の前、一瞬の歓び。
(6) 祭り・運動会(その前後の準備・後片づけを含め)を機会に、近隣・家族などと、きずなの構築を確認できる。
 これらに加えて、最近私が考えているのは、その発音である。アは言うまでもなく母音で、しかもその最初に来る。これほど明瞭な発音語はない。次いでキだが、最も明瞭な発音であるカ行でしかもアキは例えばアが重なるアカより表現のインパクトは強い。言語学者でもない筆者がひそかに考えていることである。とにかく、ハルよりアキは発音して明瞭に相手に伝わるのではなかろうか。

秋の田園、砺波の散村

 久しぶりに富山県の有名な砺波の散村を最近訪れた。約400年前からこの散居村は成立し、江戸・明治・大正・昭和の時代を経て、近年その数は減りつつあると言うが、立派な屋敷林に囲まれた農家が広い砺波平野に散居する。屋敷林は「カイニョ」または「カイナ」と呼ばれ、春先の南の強風、冬の季節風・豪雪時の西風・北風を弱めるように南・西・北方向の防御を特に固める。この屋敷林は夏には暑さを和らげ、以前はスギの葉は燃料に、その他の竹などは道具の用材を提供し、林全体は鳥・小動物などの生態系維持に役立ち、遠望すれば広い水田の平野に浮かぶ緑の島々を形成した。(写真1)に見るように今日でもその風景は一見に値する。

(写真1)富山県砺波平野(約220km2)における秋の散村風景
(写真は、いずれも2014年9月20日、吉野撮影)

 近年、手入れする人手の不足、林が大きくなって屋敷林近くの水田の育ちが悪い、屋敷林からの燃料・用材の供給価値の低下、など、さらに住人の高齢化が進んで、維持・管理が難しくなってきた。それでも約1万戸の屋敷林農家があるという。秋の黄金色の水田面に屋敷森に囲まれた農家が浮かぶように見える。

(写真2)同じく、その近景。水田と屋敷林とのコントラストが見事。

 (写真2)はそれをさらに近くから見た風景である。見事な屋敷森の黒々とした緑と黄金色の田んぼのコントラストに心を奪われない日本人はいないであろう。むしろ、問題は何かの災害でこの秋の風景が出現しなかったらばどうなるか、対策を考えておかねばならない。単なる食料問題でなく、心のサバイバルの根底にかかわる問題である。

(写真3)典型的な屋敷林の近景。上層木・中層木・下層の石垣と板塀が見事。

 (写真3)は、中でも見事な典型的な形態の屋敷林を持つ例を近くから見たものである。高層木・中層木が見事である。この家の場合、下層木の高さは石垣と板塀で見えない。
 以上の写真によれば、日本人の秋の心の拠りどころを担う原風景の維持・管理が容易でないことを推定できるであろう。繰り返しになるが、サバイバルの準備には口だけでなく、予算・人手を必要とする。


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