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連載エッセイ [30]
異常気象時代のサバイバル
吉野正敏

 
強い「おろし」風の鉛直構造 ― アドリア海岸のボラの場合 ―
ボラとフェーン

 上空の気流の方向が山脈の走向とほぼ直角になり山脈を吹き越すと、風下側の斜面には強い下降気流「おろし」が吹く。山脈の風上側斜面では気流が上昇し、風下斜面を吹きおろしてくるのだから、山脈の風上斜面下部と風下斜面下部との気温を比較すればフェーン現象によって気温は上昇している。
 しかし、どうして「おろし」が吹くと寒くなるのか。その理由は「おろし」が吹く時の気圧配置による。すなわち、「おろし」を発生させるのが高緯度の寒冷な気団(気塊)がやってきて局地的な風系を発生させるためである。だから、その時の風上と風下を比較すれば気温は高くなっても、もともとの気温が低いので、この気団(気塊)が来る前(前日、前前日)より気温は下がるのである。
 これは、世界のフェーン型とボラ型の局地風を分類した結果得られた結論である。詳しくは「世界の風・日本の風」(吉野、2008、成山堂)の18〜25ページを参考にしていただければ幸いである。その中の表2.3が特に両者の比較の参考になろう。

ボラの観測

 「おろし」は条件さえ整えば世界中どこででも吹く。ヨーロッパでも、アメリカでも、ロシアでも、日本でも、たくさんの研究があり、地上の観測ばかりでなく飛行機による鉛直構造の観測も行なわれている。最近ではレーダーその他による鉛直構造もとらえられている。ところが、ボラの故郷のクロアチア・アドリア海岸や、スロヴェニアにおける鉛直構造の実測はほとんどない。
 ボラ(Bora)とは“北の”あるいは“北方の”(boreal)という意味の語と同じで、北風である。アドリア海岸では、海岸線の走向は背後のディナールアルプスの走向と同じく北西から南東になっている。これを吹き越す「おろし」風なので、主風向は北東で、ところによって多少のふれがあるが北から東の間である。高緯度から低緯度に出てくる気団(気塊)によるのだから冬を中心にした季節によく発生する。関東地方で冬発生する空っ風もボラ型の「おろし」としてよかろう。
 アドリア海岸のボラに関する共同研究を現地の研究者と1970年代前半に行なった。気候・気象・水文・植生・人間生活などの総合研究であった。その成果は英文で1976年に刊行した(Yoshino, 1976: Local wind Bora. Univ. Tokyo Press, 289p.)。しかし、飛行機による鉛直構造を観測することはしなかった。われわれは地上観測しか行なえなかったが、その結果や、文献や現地の研究者の知見、われわれの観察、住民からの聞き取りなどをまとめ、模式図を画いた。私の「小気候」(吉野、1987;小気候。地人書館、228〜233ページ)に詳しくセーニという最もボラが強い港町を通る地形断面に沿う模式図が出ている。
 自然科学では、推定によって画いた模式図と、実際に観測した結果とは、意味が全く異なる。1980年代になって世界気象機構(WMO)などが国際共同研究「地球大気研究プログラム」(GARP、Global Atmospheric Research Programme) を発足させ、その中の一つとして「アルプス実験」(ALPEX、Alpine Experiment) というプログラムが動き出した。そして、さらにその中の一つの柱として、アメリカのエール大学(Yale University) のスミス(Ronald B. Smith)教授は航空機によるボラの鉛直構造の観測を行なった。ディナールアルプスを横切る横断面としては、吉野が画いたセーニを通る横断面模式図を参考にして、同じ断面を選定した。私としてはわれわれの研究結果が彼らの研究に役立ったことが嬉しかった。

ボラの鉛直構造

 ALPEXの特別観測期間として1982年3月5〜7日、21〜25日、4月13〜16日、27〜30日が決められた。この中で、彼が航空機でボラを観測できたのは、3月6、7、22、25日と4月15日の5回であった。この5回の結果はアメリカ気象学会の学会誌に発表された(Smith, 1987)。この5回のうち、最も風が強かった3月6日と22日の風速・風向の鉛直構造を(図1)と(図2)に示す。
(図1)3月6日の風向・風速の鉛直分布。カルロバーク(Karlovac)とザグレブ(Zagreb)における高層観測値もプロットしてある。図中D=105°の破線はボラの領域の限界(ボラの風向の平均60°に45°たした105°を限界とする)。(Smith,1987による)。
(図2)3月22日の風向・風速の鉛直分布。カルロバークとザグレブの高層観測値も記入してある。図中D=15°の破線はボラの領域の限界(ボラの風向の平均60°から45°引いた15°を限界とする)。(Smith,1987による)。

 (図1)と(図2)からわかることは、まず、(1)ボラ大気層は風上部で3,600〜3,700mである。(2)この大気層の中ではボラになる大気層の上部が強いこともあれば下部が強いこともある。(3)この大気層の中の強い部分が風下斜面を下降してボラになる。(4)しかし、ボラ領域の上限はディナールアルプスの山頂より風上で低くなり始めている。(5)特に(図1)で明らかだが、ボラ領域の強風はディナールアルプスの風上斜面で、山頂部のはるか上流数十kmないし100km付近から加速されている。
 この他、温度・大気中の水分量・鉛直方向の風速・乱流の強さのそれぞれ鉛直構造の解明が行われ、図で示された。結局、アメリカのコロラドで発生するおろしとほぼ同じメカニズムだと結論された。

5回のボラの気象状態

 上記の選ばれた5回の時の気象状態を(表1)に示す。この5回は、ALPEXの特別観測期間、1982年3月・4月の中で選ばれた典型的ボラの場合であって、気候学的・気象学的に抽出されたものではないが、ボラの全貌を捉えるにはまとまっていると思う。

(表1)ALPEXの特別観測期間中のボラの気象状態。(Smith,1987による)

  3月6日 3月7日 3月22日 3月25日 4月15日

ボラ大気の接近 NEから強い ENEから中位の
強さ
Eから強い NEから弱く NEから弱く
ザグレブ風速900hPa面,風向60°における 16m/s 12m/s 14m/s 4m/s 7m/s
ボラ大気層の厚さ(深さ) 3500m 2200m 3600m 2200m 2200m
セーニ風速地上、風向60°における 20-24m/s 19-23m/s 12-18m/s 12-16m/s 17-18m/s
気圧差(ザグレブ)−(セーニ) 6-8hPa 5-6hPa 4-5hPa 2-3hPa 5-6hPa
上空の風向 SE SE NW NE SW
雲の状態 厚い層雲 風上斜面と
山頂に層雲
点在 晴天、高い層に波状の雲 上流部にところどころ層雲、山頂部ロール雲


ボラ吹走時のサバイバル

 すでに30年前ではあるが、筆者らが現地で聞き取りした結果では次のような災害が起きる。
(1) ボラは朝に強くなることが多いので、登校時の小学生が海に吹き飛ばされる。
(2) 海岸線に沿う道路を走る重心が高いバス・重量の軽い乗用車がハンドルをとられ、海中に転落する。特に小さい谷を横切る場所が危険である。
(3) 地方空港では、海岸地形のため、滑走路の方向がボラと直交する方向になる。特に小型機の離着陸時にはボラの強風と強い乱気流による飛行の危険が大である。
(4) セーニの街角、主風向を横切る場合、歩行者が歩行困難になり、転倒したり、とばされたりする。2次交通事故で死傷することがある。
(5) 窓が小さい住宅、風上側は窓が無い石造住居、宅地を囲む厚い石垣は、生活環境として生気候学的課題が多い。
 以上、さまざまな問題がある。最近の異常気象時代になって、問題はさらに深刻になっているのではなかろうか。


[文献]
Smith, R. B. (1987): Aerial observations of the Yugoslavian bora. Journal of Atmospheric Sciences, 44(2), 269-297.


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