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連載エッセイ [53]
異常気象時代のサバイバル
吉野正敏

 
異常気象時代を生き抜く(II)
サバイバル対策

 異常気象時代は1989年頃から顕著になったと見られることを、連続エッセイ[52]“異常気象時代を生き抜く(I)”で述べた。このシリーズの最終回のまとめとして、まず、サバイバル対策の問題点を、この約30年間のわれわれの経験から、考えてみたい。
 まず、特別警戒区域・避難勧告の未指定・勧告・公表の遅れについて述べたい。この2年間に幾つものサバイバル上の大事件が日本国内で起った。その一つが広島市2014年8月20日午前3時頃に発生した土砂災害・土石流災害である。広島県は、土砂災害防止法に基づく「特別警戒区域」の候補地が市の八木・緑井の両地区で123ヶ所あることを把握していたが、9月3日に公表するまで、一般に周知していなかった。
 8月20日の夜が明けてテレビ・ラジオなどのメディアはこの災害を報じ、21日の新聞は大きく災害の現状を報道した。いずれも8月20日午前3−4時頃、寝ていたところを斜面崩壊・流土・流木・流石などに急に襲われたことを報じた。この緑井地区の基準値は160mmであったが、20日午前2時には108mm/時、3時には194mm、4時には273mmを観測していた。それにも関わらず、避難勧告は出なかった。避難勧告が出たのは安佐北区三入に4時15分、安佐南区八木・緑井に4時30分であった。
 住宅被害(9月21日の広島市統計)は全壊133軒、半壊122軒、1部損壊174件で、その他を含めると合計4,540軒に達した。死者(9月20日の統計)は74人に達した。最終的には、地形的に警戒すべきところ・非難が確実に必要なところにおいて雨量の警戒基準値がわかっていたにも関わらず、手順の遅れ・情報伝達の遅れなどによって、死者数、行方不明者数が多く、深刻な土砂災害となった。
 広島市などでは同じような豪雨による土砂災害が1999年6月にも発生していた。その時も勧告が出せず、31人が死亡した。その時の教訓が全く生かされていなかった。サバイバル対策は全く進んでいなかったとしか言いようがない。

避難情報

 避難情報には、その切迫度に応じて3種類ある。(図1)は朝日新聞記事から切り抜き構成した。あえていま、ここに紹介する目的は二つある。その1は、この記事には「ふりがな」が付いていて、小学生でも読めるようになっている点である。すなわち、大人はもちろん、低学年の子どもまで、「情報」・「勧告」・[指示]の違いを理解し、対応できるように編集されている重要な新聞記事である。その2は、この記事が2014年9月1日に出た点である。広島の土砂災害の約10日後であり、地震・津波などすべての自然災害に対し対処すべき記憶・訓練など行なう記念日でもある。
(図1)切迫度に応じて、市町村が出す避難情報の3種類(朝日新聞2014年9月1日の記事より構成した)

 日本における犠牲者が多かった過去の土砂災害の発生月を見ると、7月が最多で、次いで6月・9月である。すなわち、梅雨季が最多で、次が台風季である。また注目しなければならないのは3月にも発生している。春の発達した温帯低気圧に伴う前線活動による雨が、原因となっている。今回の広島の場合は8月だが、盛夏にも温帯低気圧とそれにともなう前線活動が近年よく発達するようになった。当然、「情報」・「勧告」・「指示」の回数の増加や季節の変化を考慮し、対策に反映させる必要がある。

災害発生は日中か・夜間か

 2014年8月20日の広島の土砂災害は上記のように未明の3−4時に発生した。被害にあった或る人の話では、
“4時頃、落雷の音と光が交互に続いて眼が覚めた。バリバリという音と共にガラス窓が破れ、数秒後、大量の土砂と流木が家の中に流れ込み、1階の床上1mくらいの高さまで堆積した。2階に逃げ上がって助かった。”
という。
 言うまでもなく、このような状態が、夜間から未明にかけた睡眠時間帯に発生するか、日中の時間帯に発生するかで、影響・対応・対策の内容は非常に異なる。大都市ならば、朝晩の通勤・通学の時間帯とそうでない時間帯の違いは大きい。ところが、(図1)の内容は日中と夜間の区別がまだされてない。
 これまでの災害研究では、夜間・日中を区別した考察が非常に不足していて、体系立てられてない。しかし不十分でもよいから、わかっていることから対策に反映させ、「情報」・「勧告」・「指示」をマニュアル化する必要がある。また、特殊な場合に入るかも知れないが、ツーリズム(観光地・旅行業)や都市交通がからむ場合は、曜日の差も見逃せない。例えば、長野・岐阜県境の御嶽山の2014年9月27日の噴火は11時53分、土曜日の昼時であった。秋の紅葉シーズン・好天日の昼食時間帯であった条件が多数の登山客の死者44人を生んだと考えられる。
 とにかく、24時間(日中・夜間)、7日間(曜日・休日など)くらいの時間スケールでは、人間の生活・活動は生物として生きてゆくため、すなわち生理的・社会的構造を維持するため、質的に全く異なる状態を保たねばならない。この点を考慮に入れなければならない。

局地性の把握

 気候には局地性が強い。特に農業では栽培限界地域では局地気候や微気候の条件が反映する。災害にもなり、上手に利用すればプラスにもなる。第2次大戦前、静岡県御前崎付近で太平洋に面した久能山の斜面では、局地気候・微気候条件を利用して、“石垣いちご”をすでに栽培し、クリスマス前にいちごを出荷可能にした(吉野、1987)。筑波山の南斜面では“斜面の温暖帯”に筑波山神社とそれを取り巻く集落が江戸時代以前から立地した(吉野、2014)。海抜250〜400mの南斜面から西斜面が冬、特に暖かく、みかんが栽培されている。つまり、局地気候条件をプラスに利用したわけである。神社裏では江戸時代から歌会が行なわれ、今日でもこの門前町のホテルでは、東京から近いこともあり、句会、短歌の会などによく利用される。斜面の温暖帯がサバイバルにプラスの条件を提供している。
 東アジアくらいの地域スケールで見ると、日本はみかん栽培のほぼ北限であり、りんご栽培のほぼ南限に位置する。局地的には共存するところがある。中国地方の山地中央部(広島県双三郡作木村)では1970年代末の記録では、谷底(江ノ川沿いの伊賀和志や式の集落)の一農家では十数年の樹齢の温州みかんの樹があり、りんご箱で2箱くらい収穫していた。一方、周辺の海抜320mの山地斜面(大山地区)ではりんごを栽培していた(立山、1980)。この付近の山地斜面の温暖帯の高度はわからないが、このりんご畑は温暖帯より高い位置にあったのであろう。
 地球温暖化により山地の積雪量は減少傾向、谷間の気温は上昇傾向にある。局地条件も長期変化をするであろうが、サバイバル対策には取り入れ、プラス条件を一層利用するべきである(吉野、2014)。

あとがき

 サバイバルを貫くには現象をよく捉え、予知し、対応し、それでも避けられない場合は避難するしかない。しかもその情報伝達は効果的でなければならない。しかし、この過程で、われわれの知識はきわめて不充分である。日中と夜間の差、曜日の差など、統計すらまとまっていない。
 一方、サバイバル条件を局地的にプラスに利用する方法を積極的に活用する努力も必要である。地球温暖化によって長期的には暖冬傾向だが、必ず厳しい低温の数日がはさまったり、盛夏の高温・乾燥季に豪雨・竜巻・強風などが発生したりする。数は少なくなっても非常に強烈な台風が襲来する。サバイバルには厳しい状況である。
 影響を受ける人間は動物として生理的条件を無視できない。また社会を形成し経済活動をする。この条件を考慮しないで対策を考えても意味がない。
 今回で、「異常気象時代のサバイバル」の連続エッセイを一応閉じる。次回からは新年度として、「高齢化社会のバイオクリマ」のテーマで連続エッセイを続けたい。筆者にとってはテーマそのものが連続している。すなわち、高齢化社会は日本の社会全体が抱える大問題の一つであり、特に異常気象時代に入っている最近のバイオクリマ問題は山積する。述べておきたいことがらはたくさんある。

[文献]
立山 清、1980:ミカンとリンゴが共存。『暮らしと天気』、備北農業経営実験農場、広島県双三郡吉舎町、196−197.
吉野正敏、1987:『小気候』、地人書館。
吉野正敏、2014:局地気候学の知識を生かす。連続エッセイ[8]。バイオクリマ研究会。


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