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ほぼ10年ほど前になりますが、1994年(平成6年)の夏のことを覚えていますか。今年とは逆で梅雨期間は短く、おまけに雨がほとんど降りませんでした。さらに、梅雨が明けてからは猛暑続きで雨があまり降らず、降ったとしても局地的な雨でした。
各地のダムは貯水量がどんどん減り、特にショッキングだったのは、四国の早明浦ダムが空っぽになり、ダム湖の湖底が現れたことです。連日新聞やテレビで報道されていたので、記憶に残っていることでしょう。前の年の1993年夏は長雨続きとなり米があまり取れず、1994年は米騒動(?)で始まりましたからあまりの違いに驚かされます。
(表1) 琵琶湖の月雨量と平年比
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月
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5月
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6月
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7月
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8月
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9月
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10月
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1994年
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129.5
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105.0
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41.0
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37.0
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320.5
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29.5
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平年値
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151.5
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204.5
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200.5
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121.8
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194.7
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111.7
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平年比(%)
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85.4
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51.3
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20.4
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30.3
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164.6
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26.4
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日本で最も広く、関西の重要な水瓶である琵琶湖でもこの年にはどんどん水位が下がりました。(表1)は琵琶湖畔にある彦根地方気象台の毎月の雨量データです。6〜8月にかけて平年よりも雨量が少ないことがわかります。
このため、8月末には琵琶湖の水位は基準とする水位よりも1mも低くなりました。9月は320.5mmの雨量となっていますが、そのほとんどは9月中旬の大雨と下旬に近畿地方東部を北に進んだ台風26号による大雨で、それまでは暑い晴天が続いたため、9月16日には基準とする水位より約1.2m低くなっています。ところで、琵琶湖の基準水位となる高さは大阪城の天守閣の高さです。
(写真1)は琵琶湖南部の西岸、堅田にある「浮御堂」の1994年9月10日の写真です。通常は(写真2)のように湖水の上にあるのですが、この年は(写真1)のようになってしまい、琵琶湖の底を歩くことができました。写真で、「浮御堂」のすぐ右の台座の上に白いポールが立っています。これは琵琶湖の水位を見るための物ですが、用をなさなくなりました。琵琶湖では漁業も行われており、水位が低くなったために漁港から船を出せなくなったところもあると聞いています。

(写真1) 浮御堂(1994年9月10日撮影)
湖底が見えている状態 |

(写真2) 浮御堂(2003年7月5日撮影)
通常の状態 |
もちろん、8月に入ってから琵琶湖を含め、淀川本流や淀川に流入する桂川や木津川からの取水量は制限されました。幸いなことに、一般家庭の水道には大きな影響はありませんでした。琵琶湖の水位が基準とする水位より1.5m以上低くなると、関係する水道では給水制限になるといわれています。また、あまり琵琶湖の水位が低くなると、面積が広いだけに回復させるのは大変です。琵琶湖の水を利用しているのは人間だけでなく、宇治川や淀川に住んでいるさまざまな生物にとっても必要なのでその量も考えなくてはならず、淀川の流れを管理する部門では大変苦労をしたようです。
(図1)からわかるように、琵琶湖の水位は9月中旬の大雨である程度まであがり、下旬には台風26号の大雨でこの時期の琵琶湖の制限水位近くまで回復しました。その後、淀川水系では取水制限も解除されたと聞いています。一方、早明浦ダムを利用していた香川用水は、台風29号の雨により、11月14日に給水制限が解除されています。雨が少なく渇水になったときには、とにかく雨が降るのを待つしかありません。台風は雨だけでなく風や波、高潮などでさまざまな災害をもたらします。しかし水不足のときにはこのように台風は大きな給水車になるのです。
(図1) 琵琶湖の水位変化(1994年7〜10月)
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