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お天気豆知識
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フェーン現象
 
 空気の塊が上昇すると膨張するので気温が下がります。逆に下降すると圧縮され気温が上がります。空気が圧縮されると気温が上がることは、自転車のタイヤに手押しポンプで空気を入れると、ポンプが熱くなることを経験したと思います。水蒸気を含んでいる空気の塊が水滴を作りながら上昇するときは、温度が100m上昇するごとに約0.65度低くなります。水蒸気を含む量の少ない乾燥した空気の塊が上昇するときは、温度が100m上昇するごとに1℃低くなります。
 気温20℃の空気の塊が水滴(雲粒)を作りながら山の斜面を上昇し、2,000mの山を越え反対側に行ったときの温度の変化を見てみましょう。(図1)を見ながら読んでください。

(図1)フェーン現象の説明
空気の塊の温度は100m上昇するごとに0.65℃下がるので、標高2,000mの山頂に着いたときの温度は20℃−0.65℃×20=7.0℃となります。空気が山の斜面を降りるとき、空気は圧縮されます。タイヤに空気を入れるとポンプが熱くなることからわかるように、圧縮された空気の塊の気温は上がります。100mごとに1℃高くなるので、7.0℃+1℃×20=27℃になります。山の風上側よりも7℃も気温が高くなりました。しかも、水蒸気は山の斜面を上昇するときに雲粒になってしまったので、空気は乾燥しています。

(図2)春先、日本海側が季節はずれの暖か
さになった日の天気図(2009年3月18日9時)

 日本海側を低気圧や台風が通過すると、このようなわけで日本海側では太平洋側よりも気温が高くなり乾燥します。フェーン現象と呼んでいます。今年(2009年)も3月18日から19日にかけて南から高気圧に覆われて、山越えの暖かい気流が日本海側に入り込みました。18日(図2)の金沢の最高気温は23.6℃、新潟では22.6℃、東京では20.7℃と日本海側の方が高くなりました。しかも、金沢、新潟とも最小湿度がそれぞれ16%、14%と低く、日最大風速が10m/sとなりました。

(図3)鳥取市大火の天気図
(昭和27年4月17日午前9時:気象庁提供)
 こんなときに火事が起こったら大変です。古い話ですが昭和27年(1952年)4月17日に山陰の鳥取県で大火事がありました。理科年表によるとこの火事で5,228個の住宅が焼け、死者も2名出ています。(図3)がそのときの天気図です。高気圧が南から日本列島をおおっていて、日本海に発達した低気圧があり、南から暖かい空気が日本海側に入りやすい状態になっています。気象庁のホームページで調べると、鳥取県の境の最高気温は26.1℃、島根県浜田の最高気温は25.5℃でした。4月なのに初夏の気温ですね。湿度もおそらく低かったことでしょう。
 昭和58年(1983年)4月24日〜28日にかけて東北の太平洋側各地を中心に山林火災がありました。岩手県久慈市が特にひどかったです。当時、私は釜石市に住んでいて、すぐ北にある大槌町でもこの間に山林火災があり、火は市街地のすぐ近くまで燃え広がりました。鎮火のあと行きましたが、市街地にある住宅地のすぐ背後の山が真っ黒になっていたのを覚えています。天気図は省略しますが、日本列島は南から高気圧におおわれていて、北海道の北を低気圧が発達しながら通過しています。東北地方の風は西よりです。大槌町の北にある宮古測候所の観測値を見ると、4月25日には最高気温が28.4℃と真夏並みで最小湿度は16%でした。
 フェーン現象とはもともとヨーロッパの現象です。ヨーロッパ、アルプスの北にあるドイツ南部ババリア地方のベネディクトではこんなことが起こりました。1704年1月28日、2,000人のチロル軍がベネディクト修道院を攻めようとして、コーチェル湖の北に来ていました(図4)。当時、修道院の西側には沼地帯が広がっていました。この頃のヨーロッパは今より寒く、その湖や沼地は全部凍っていました。チロル軍はそこを渡って攻めようとしていたのです。ところが、この日にフェーン現象が起こりコーチェル湖の南にある谷間から強く暖かい南風が吹いて気温が上がり、沼地帯の氷が3時間から4時間後に解けてしまい、ベネディクト修道院は助かりました。

(図4)ベネディクト修道院周辺の地図
 この修道院の西方約40劼砲△覽屐989m)の上で古くから気象観測が続けられていますが、始まったのは1789年頃からなので、当時の観測記録はありません。しかし、その当時ベネディクト修道院に居たカルロス修道士がそのときの状況を記録していました。その翌日は、キリスト教の祭典のひとつである、“アナスタシア”なので、カルロス修道士はこの日のことを、“アナスタシアの奇跡”、または“コーチェル湖の奇跡”と書いています。そのときのようすを1720年頃にルーカス・ザイスが描いていて、その絵がベネディクト修道院に残っているそうです。
 フェーン現象で真冬に気温が一気に上がることはあるそうなのですが、張っていた氷が3時間か4時間後に解けるかどうかを、この著者は検証しています。当時の軍隊の装備から重さを推定し、その重さに耐えられる氷の厚さを推定しています。そしてその厚さの氷が解けるのにどのくらいの時間が必要かを推定しています。その結果、当時の湿地帯に張っていた氷が解けるのに6時間は必要だと結論しています。著者はカルロス修道士がそのとき受けた印象をドラマチックに表現したのだろうと書いていました。
 この記録を科学的に検証したのはドイツ人で、イギリス気象学会のウエザーという機関紙(Weather−January 2009,Vol64,No.1)に載っていました。このような歴史的な記述を科学的に確かめる文化はおもしろいと思いました。


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