生きもの歳時記
万葉の生きものたち / 秋の植物
秋の七草
春の七草は七草粥に象徴されるように、長い冬の終わりに新芽の滋養を食し、無病息災を祈願するものです。これに対して秋の七草は、冬に向かう前に咲き誇る花の美しさを愛でるものです。
秋の野に 咲きたる花を 指折り かき数ふれば 七種の花
(山上憶良 万葉集 巻八 一五三七)
秋の野に咲いている花を指折り数えてみれば、七種類の花があります。
秋の野原に七草が咲き乱れる、そんな風景が目の前に浮かぶようです。しかしこのような風景も今や非常にまれなものになってしまいました。
萩の花 尾花葛花 なでしこが花 をみなへし また藤袴 朝顔が花
(山上憶良 万葉集 巻八 一五三八)
秋の七草とは、ハギ、ススキ、クズ、カワラナデシコ、オミナエシ、フジバカマ、キキョウのことをいうのが一般的です。ただし朝顔についてはキキョウではなく、ムクゲやヒルガオとする説もあります。
ハギ、ススキ、クズはどこでも見られる種ですが、カワラナデシコ、オミナエシ、フジバカマ、キキョウは野生のものを見かける機会がめっきり少なくなっています。これらの種はいずれも、半自然草地と呼ばれる環境を主な生育地としています。 半自然草地というのは、採草地や牧草地として利用するために、草刈りや火入れなど、人が適度に干渉することによって維持されてきた草地のことをいいます。
高度成長に伴うライフスタイルの変化によって、半自然草地はその価値を失い、無用のものになりました。ある場所は住宅や道路にその姿を変え、ある場所は放置された結果、もはや草地の姿を保つことができなくなりました。そうして、半自然草地に生育する種はすみかを失っていったのです。干渉しすぎても、放任しすぎても上手くいかない、どこかで聞いたような話ですね。
最後にいい話を。秋の七草は「おすきなふくは?」と覚えましょう。

ハギ
花言葉は「想い」。マメ科ハギ属ヤマハギ亜属の総称で、ヤマハギ、キハギ、ミヤギノハギなどが含まれます。草地や林縁などによく見られ、庭木にもよく利用されます。和名は「生え芽」の意と言われています。


ススキ
花言葉は「活力」。イネ科の多年草で、日当たりの良い草地など、山野のいたるところに普通に生えます。和名は「すくすく立つ草」の意と言われています。


クズ
花言葉は「根気・努力」。マメ科のツル植物で、山野のいたるところに普通に見られます。紫色の花が房状に咲く様は美しいものです。根からとったデンプンが葛粉で、和名は奈良県の国栖が葛粉の産地だったことにちなむものです。


カワラナデシコ
花言葉は「貞節」。ナデシコ科の多年草で、日当たりのよい草地や河原に生えます。花弁が細かく裂けているのが特徴です。和名は「我が子を撫でるようにかわいい花」の意と言われています。


オミナエシ
花言葉は「美人」。オミナエシ科の多年草で、日当たりのよい山野に生えます。初秋に黄色く、小さい花を咲かせますが、花には悪臭があります。和名は美女を圧倒するほど美しいという意で「女圧し」が語源とも、粟粒に似た花を咲かせることから「女飯」の転化とも言われます。


フジバカマ
花言葉は「思いやり」。キク科の多年草で、河川敷や堤防などに生えます。野生のものは数が減っており、環境省のレッドデータブックにおいて絶滅危惧種に指定されています。袴に似た藤色の花をつけることから藤袴と呼ばれます。


キキョウ
花言葉は「変わらぬ愛・清楚・気品」。キキョウ科の多年草で日当たりの良い草地に生えます。フジバカマと同様、環境省のレッドデータブックにおいて絶滅危惧種に指定されています。和名は漢名(桔梗)の音読みです。

■参考文献
(財)自然環境保護協会編(2001)生態学から見た身近な植物群落の保護 講談社.
木村陽二郎(1991)図説植物草木名彙辞典 柏書房.
林弥栄(1989)山渓ハンディ図鑑1 野に咲く花 山と渓谷社.
太田和夫・勝山輝男・高橋秀夫ほか(2000)山渓ハンディ図鑑4 樹に咲く花 離弁花2 山と渓谷社.
佐竹ら校注 (2000) 新日本古典文学大系2 萬葉集二 岩波書店.