生きもの歳時記
万葉の生きものたち / 春の植物
桜(さくら)
サクラの季節もすぐそこまで来ています。皆さんはどちらへお花見に行かれますか?
桜花 時は過ぎねど 見る人の 恋の盛りと 今し散るらむ
(作者不明 万葉集 巻十 一八五五)
桜の花はまだ盛りの時を過ぎてはいないのに、花を愛でてくれる人がいるうちに散ろうと思って、今まさに散っているのでしょう。

東京近郊の満開のサクラ
一斉に咲き誇って、一斉に散る姿は他の植物にはない美しさがありますね。
野外で植物の調査をしていると、花をつけていない夏から秋にかけてもサクラを観察する機会がありますが、花の盛りの時期からは想像もつかないほど地味な植物です。

東京近郊の満開のサクラ
~夏でも冬でもサクラはサクラ~

ソメイヨシノの葉っぱ
それでは皆さんに「花のない時期のサクラの見分け方」を伝授しましょう。
サクラの仲間は葉の付け根の辺りに、丸い小さな「ぽっち」がついています。この「ぽっち」は蜜腺(みつせん)と言い、そこから蜜が出てきます。ただし、ハチミツのように甘くはなく、表面に少しだけ蜜が浮かぶ程度しか出ないようです。
皆さんがよくご存知のソメイヨシノの蜜腺は、葉柄(ようへい:葉の付け根の細い部分)の上部に大きいものが2つ並んでいます。
ただし、サクラ以外の植物でも稀に「ぽっち」がある植物もいます。サクラかどうか見分けるには、樹皮に皮目(ひもく)が多いことや葉が交互に出る互生であることなども同時に確認してくださいね。
これで、来年の花見はつぼみの前からお目当ての木を探せますね。

ソメイヨシノの葉っぱ
~なぜ葉っぱに蜜腺!?~
サクラの蜜腺にはアリがたかっていることがありますが、アリは蜜をもらうと同時に葉についている昆虫の卵や毛虫なども巣に持ち帰ります。桜にとっての害虫をアリが退治してくれるというわけです。サクラにもアリにも、オイシイ話ですね。
~サクラの下で桜餅~

桜餅
桜餅の葉っぱはオオシマザクラという種類の葉っぱで、そうでなくては綺麗な色が出ないそうです。また、桜餅特有のあの甘酸っぱい匂いも、葉っぱに含まれる「クマリン」という成分です。しかし、生の葉っぱの中では他の物質と結びついているので匂いません。
オオシマザクラは名前の通り伊豆大島に多いことから名づけられたサクラです。公園に植えられていたり、街路樹になっていたり、静岡県から千葉県では普通に目にする植物です。白くて大きな花を咲かせ、緑色の葉っぱと花が同時に枝先に見られるのが特徴です。「ぽっち」はソメイヨシノとよく似ていますが、葉っぱに光沢があって「おいしそう」な感じがしますが、その葉っぱを食べているとは意外と知られていないようです。

桜餅
暇 あらば なづさひ渡り 向つ峰の 桜の花も 折らましものを
(高橋虫麻呂歌集 万葉集 巻九 一七五〇)
時間があったら川を難渋しながら渡って、向こう岸の峰にある桜の花を折ってこれるものを。
今年のお花見はオオシマザクラの木の下で、桜餅でもいかがでしょうか?
■参考文献
茂木 透ほか (2000) 山渓ハンディ図鑑3 樹に咲く花 離弁花1 山と渓谷社.
勝木俊雄 (2001) フィールドベスト図鑑10 日本の桜 学研.
佐竹ら校注 (2000) 新日本古典文学大系2 萬葉集二 岩波書店.