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生きもの歳時記

万葉の生きものたち / 冬の動物

河豚(ふぐ)


一番人気のトラフグ

 フグ、と聞いて思い浮かべるものはなんでしょう?「怒ると膨れる」、「美味しい」、「高級」、「毒がある」、「釣りの外道」などなど、色々あるかと思いますが、どれもこの魚の特徴をよく表しており、それだけ身近でよく知ら れている魚であることを表しています。味が良く高値で取り引きされるトラフグや、釣りの外道でおなじみのクサフグ、トゲだらけのハリセンボンなど、いろいろな種類がいますが、私たちはこれらをまとめてフグと呼んでいます。
 ずんぐりした体におちょぼ口と、他の魚と違うのは一目瞭然ですが、専門的にみても普通の魚に見られる腹びれ(お腹の下にあるひれ)が無い、歯がくっついて板のようになっている、体を膨らませて敵を驚かすなど、フグはかなり特殊な部類に入ります。


一番人気のトラフグ

愛嬌のある顔 (上・右写真)

 フグの多くは沿岸性で、200m以浅の岩礁や砂泥底、サンゴ礁などに生息しており、 フグ科の中には河川へ入り込む種類もいます。このため古くから漁の対象になっていたようで、なんと約3000~4000年前の縄文後期の貝塚からもフグの歯や骨が見つかっています。このことから、日本人がフグを食べ始めたのは縄文時代からと考えられており、日本書紀(奈良時代)や本草和名(平安時代)等にもフグに関する記録が残っています。しかし、桜や蛍、鮎など身近なものがよく題材にされ、古人の心情が歌に綴られた、かの有名な万葉集には何故か取り上げられていません。おそらく、食べられてはいても、あまり一般的ではなかったのでしょう。
 さて、ここで皆さんはそんな昔にフグを食べても大丈夫だったの?と思われるかも知れません。そう、ご存じの通り、フグは最大の特徴でもあるフグ毒を持っているのです。実際、文禄の役(1592年)に朝鮮出兵のため下関に集まった諸国の武士の間でフグ中毒者が続出し、豊臣秀吉がフグ食禁止令を出したと言われています。この禁令は、武家では江戸時代にも引き継がれ、各藩で家名断絶などの厳しい罰則が設けられていました。

 ところが、江戸時代は庶民の文化の多様化とともに魚食文化も花開き、フグ食もそれに漏れず庶民の間に格段に普及していったようです。お察しの通り当時はフグ毒について詳しいことは調べられておらず、当然ながら中毒死する者が後を絶ちませんでした。その様子は、俳句や川柳、ことわざなどにフグがよく登場するようになったことからもうかがえます。

あら何ともなや きのふは過ぎて 河豚(ふくと)

(松尾芭蕉 江戸三吟)

昨日フグ鍋を食べたが何ともない。ホッとしたが、昨日の思い詰めは何だったのか。馬鹿馬鹿しい。

河豚汁や 鯛もあるのに 無分別

(松尾芭蕉)

鯛という魚があるのに、わざわざ危ないフグを食べるとは、何とも浅はかな事よ。

河豚食わぬ 奴には見せな 不二(富士)の山

(小林一茶)

フグを食べる勇気も無い奴に、富士山を見る資格はない。

五十にて 河豚の味を 知る夜かな

(小林一茶)

この歳(50歳)になって初めてフグを食べた。こんなに美味いものだったとは。

 これらは、皆さんもよくご存じの松尾芭蕉と小林一茶が詠んだ句ですが、芭蕉が批判的なのに対して、一茶はフグを絶賛しています。これは、芭蕉が侍あがりであったため、武家のフグ食禁止令の意識が強く残っていたものと考えられています。多くの庶民は、一茶のようにフグの味を高く評価し、危険と知りながらも賞味していたようです。このことはフグの別の呼び名である「てっぽう」にもよく表れています。すなわち、「当たれば死ぬ」、ごもっともです。なかなか決心がつかない、という意味を表した「河豚は食いたし命は惜しし」ということわざも有名ですね。
 さて、このフグ毒ですが、100年ほど前から研究が進み、フグ目の学名にちなんでテトロドトキシンと名付けられています。その構造や毒性は詳しく調べられており、種類によって毒のある部分や毒の強さが異なることや、同じ種類でも生息海域、季節によって毒性に違いがあることが報告されています。また、養殖フグの大半は無毒で、フグ毒を混ぜた餌を与えると毒を持つようになることも分かりました。さらに、タコや貝、カエルなど、他の生物からも同じ毒を持つ種類が見つかっていることから、テトロドトキシンは体内で合成されるのではなく、食物連鎖によって蓄積されることが判明し、その大元は海洋に大量に生息する海洋細菌の仲間であることが突き止められています。

 このようにいろいろと研究が行われていますが、現在でも解毒剤はなく、症状が重い場合には有効な治療法がありません。中毒は舌や唇の痺れから始まり、最後には呼吸困難を引き起こします。毒の摂取量にもよりますが、ひどい場合は食後20分ほどで発症し、1.5~8時間で死に至ります。ただし、食後6時間以上経って症状が出た場合は比較的軽症で、適切な処置により死ぬことはほとんど無いそうです。


生け簀を泳ぐトラフグ

 現在では未処理のフグを消費者へ販売することは禁止されており、処理にも資格が必要です。従って、お店で出されるフグ料理は、フグ調理師免許を持ったプロが作っていますから、安心して食べられます。勝手に家でさばいたりしない限り、昔のように命の駆け引きをする必要はありません。また、一番人気のトラフグは、下関ではブランド化して相変わらずの高級品ですが、養殖ものであればかなりお手頃になってきているようです。他にも輸入された加工品などをスーパーマーケットでも見かけるようになり、フグ料理も身近になって来ています。俳句の冬の季語でもあるフグ、旬のうちに味わってみてはいかがでしょうか?


生け簀を泳ぐトラフグ

沖縄ではハリセンボンも食用に

輸入品の加工フグ(シロサバフグ)

 最後にうんちくを一つ。フグは漢字で書くと「河豚」。「豚」という漢字は見た目からも納得できますが、なぜ「河」なのでしょうか?これは中国が元で、昔からメフグという種類が食用とされていますが、メフグはある時期になると河の中流域まで遡り、これを漁獲していたことから「河豚」となったのです。日本では「海豚」の方がしっくりくるように感じますが、残念、既にイルカという読みが付いているんですね!

■参考文献
青木義雄 (2003) ふぐの文化 成山堂書店.
落合 明・田中 克 (1986) 新版魚類学(下) 恒星社厚生閣.
塩田丸男 (2005) 歌で味わう日本の食べ物 白水社.
(社)水産資源保護協会 (2002) わが国の水産業 ふぐ (社)水産資源保護協会.
原田禎顕・阿部宗明 (1994) フグの分類と毒性 恒星社厚生閣.
日高敏隆監修 (1998) 日本動物大百科-6 魚類 平凡社.
復本一郎 監修 (2006) 俳句の魚菜図鑑 柏書房.


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