生きもの歳時記
万葉の生きものたち / 冬の動物
鴛鴦(をしどり)
水辺で休むオシドリ
水辺に行けば、沢山の水鳥が見られる季節です。カモが沢山集まる場所では、様々な種類が見られますが、派手な色彩で目立つはずのオシドリはあまり見かけません。数が少ないからというわけではなく、限られた場所の湖畔や池、山奥の渓流に行けば見られます。それは餌と繁殖が関係しています。
オシドリは、万葉集の中では4首詠まれていますが、あまり恋人や夫婦仲を象徴するような感じでは扱われていなかったようです。
人漕がず あらくも著し 潜きする 鴛鴦とたかべと 船の上に住む
(鴨君足人 万葉集 巻三 二五八)
船を漕がなくなったことで、水に潜るオシドリやコガモ(たかべ)が船の上に住んでいるよ。
礒の裏に 常よ引き住む 鴛鴦の 惜しき我が身は 君がまにまに
(大原今城真人 万葉集 巻二十 四五〇五)
岩の裏に、常につがいで住み着いているオシドリのように、いとおしい我が身ですが、あなたに捧げましょう。 (これは臣下が主君に忠誠を誓う歌です)
~オシドリの餌~
オシドリはドングリが大好物です。ドングリ以外にも植物質や水棲小動物も食べますが、とにかくドングリを好んで食べます。そのため、冬にはドングリのなる樹の混じった落葉広葉樹が水辺まで繁茂しているような渓流や湖沼などの限られた場所だけによく現れます。オシドリが他のカモの多い場所であまり見られないのは、餌の好みが違うことが理由の一つと考えられます。
~オシドリの繁殖~
オシドリは日本でも繁殖しています。オシドリは、夏の間、ブナなどの落葉広葉樹の大木が茂った山奥の渓流や山間部の水田などで見かけることがあります。このような落葉広葉樹の原生林がある山奥がオシドリの繁殖の場になります。
水辺の草むらに巣を作って卵を産む他のカモとは違い、オシドリは水辺からかなり離れた大きな樹の樹洞に卵を産みます。つまり、繁殖には樹洞ができるほどの大木がある林が必要なのです。樹洞の代わりに人間が設置した巣箱もよく利用します。
夏にブナの森林を歩いていて、ふと上を見上げると木の枝にオシドリがとまっていることがあり、びっくりします。普段、水辺にいるものが木にとまっていると、とても違和感がありますが、樹洞で営巣するオシドリにとってはごく普通の行動です。
樹洞の中に産み落とされた卵はメスだけが抱卵します。卵から孵った雛は、他のカモと同じように羽毛に覆われた状態で生まれます。雛は1日も経たないうちに、足指の鋭いかぎ爪を樹洞の壁に引っかけながら、何度も失敗しつつ穴をよじ登り、樹洞から数m下の地面に転がり落ちます。斜面を転がりながら、何百mも離れた渓流の水面を目指して、雛はひたすらヨタヨタと移動します。この間に肉食動物に襲われて命を落とす雛もいます。大冒険を生きぬいた雛は、メスの世話を受けつつ、自力で餌を採りながら水辺で生活します。


派手な色彩のオス(左)と、頬の模様が目立つメス(右)
~オシドリの夫婦~
「鴛鴦の契り」という言葉の通り、夫婦仲の象徴のように扱われるオシドリですが、実際の夫婦関係は、冬から産卵直前までの期間だけです。抱卵期にはいると、オスは子育てには参加せずに、オスだけで群れを作って生活します。抱卵から雛を連れての子育ては全てメスだけが行います。毎年同じオスとメスがつがいを形成するわけでもなく、他のカモ類と同様に毎年別の相手とつがいになるようです。

草むらで休むオシドリ
冬の間、他のカモよりもオシドリは2羽だけで見られることが多く、互いの距離もとても近くて、恋人もしくは仲良し夫婦のように見えます。しかし、仲良く一生添い遂げるというのは、冬の一時期だけの様子から人間がそうだと思い込んでいただけのようです。
卵を産ませたあとは、オスはさっさと去ってしまいメスだけが子育てをする・・・。そして翌年には、オスもメスも別の個体と夫婦になる・・・。
このコラムを読んで、知られざるオシドリの秘密と真実を知ってしまった皆様は、くれぐれも結婚式で"オシドリ"を引き合いに出さないようにいたしましょう。

草むらで休むオシドリ
■参考文献
中村登流・中村雅弘 (1995) 原色日本野鳥生態図鑑(水鳥編) 保育社.
菅原浩・柿沢亮三 (1993) 図説日本鳥名由来辞典 柏書房.
日高敏隆ほか (1996) 日本動物大百科 鳥類Ⅰ 平凡社.
山岸哲 (2002) オシドリは浮気をしないのか 鳥類学への招待 中公新書.
佐竹ら校注 (1999) 新日本古典文学大系1 萬葉集一 岩波書店.
佐竹ら校注 (2003) 新日本古典文学大系4 萬葉集四 岩波書店.