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生きもの歳時記

万葉の生きものたち / 冬の植物

莫告藻(なのりそ)


ホンダワラ

 海藻の“ホンダワラ”は、古くは、“莫告藻(なのりそ)”と呼ばれ、万葉集の中にも数多く登場し、日本人とのかかわりは古いことが知られています。現在でも地方によっては食用とされ、また、正月飾りの縁起物としても親しまれています。

 ではなぜホンダワラのことを古くは“莫告藻(なのりそ)”と呼んだのでしょうか? 「な~そ」は、「~しないでください」を意味する言葉で「な告りそ」は「告げないでください」を意味します。ホンダワラがなぜ「告げないでください」を意味する「なのりそ」と呼ばれるようになったのかについては、日本書紀にその理由が記されています。

 第19代天皇の允恭天皇は皇后の妹で美貌の持ち主である衣通郎姫(そとおしのいらつめ)を見初めてしまい、彼女を別邸に住まわせ、度々通うようになります。しかし、これには皇后がさすがに激怒し、天皇は別邸通いを控えるようになります。そんな時、衣通郎姫は募った寂しさから次のような歌を詠みました。


ホンダワラ

とこしえに 君も会えやも いさな取り 海の浜藻の 寄る時々を

(衣通郎姫 日本書紀 巻十三 第三話)

いつでもあなたにお会いできるわけではありません。海の浜藻が岸辺に寄せる様に稀にしかお会いできません。

 これを聞いた天皇は、「この歌は他人には言ってはならない。皇后に聞かれたら恨まれるだろう。」と言いました。そこで、時の人は、浜藻を名付けて「なのりそ藻」と呼ぶようになった、とされています。

 万葉集ではこの「なのりそ」がよく登場しますが、これは「海藻」の意味と「言ってはならない」の意味の掛け言葉として用いられています。

みさご居る 磯廻(いそみ)()ふる なのりその 名は()らしてよ 親は知るとも

(山部赤人 万葉集 巻三 三六二)

みさごの住んでいる磯のまわりに生える「なのりそ」のように名乗ってはいけないあなたの名前を教えてくれ、たとえ親が知って咎めても。

志賀(しか)海人(あま)の 磯に刈り乾す なのりその 名は()りてしを なにか逢ひ(がた)

(作者不明 万葉集 巻十二 三一七七)

志賀の海人が磯で刈って干す「なのりそ」のように、名前は告げたのに、どうして逢うことができないのだろう。


ホンダワラ群落

 ホンダワラはホンダワラ科に属する褐藻類の1種です。本州から九州まで広く分布し、潮間帯の水深1~2mの浪当たりの強い場所を主な生息域としています。ホンダワラは雌雄異株であることが知られ、3月下旬から4月上旬に雌株より放出された卵と雄株より放出された精子が受精し、これが周辺の岩などに固着し幼体となります。その後約2年間かけて長さが約2~3mになりますが、食用にはこの大きさのものが用いられ、1月から2月頃に刈り取りが行われます。地方によって呼び名が異なり、「じんば」や「じばさ」などと呼ばれ、佃煮や煮物、酢の物として好まれています。


ホンダワラ群落

ガラモ場

 ホンダワラはこうして食用として古来から重宝されてきましたが、近年では様々な面での利用価値が重要視されています。ホンダワラ科にはホンダワラを始め、アカモク、ヨレモク、ヒジキなどが含まれ、日本沿岸だけでも50数種が生息しています。これらホンダワラ類からなる海藻群落は通称ガラモ場と呼ばれており、こうした藻場内では小動物や幼稚魚など多様な生物が生息し、これらの保育所や餌場として重要な役割を果たしていることが分かってきました。

  しかし、こうした藻場は埋め立てや水質の悪化による影響を受けやすく、減少傾向にあるのが現状です。この対策としては海藻が付着できる基盤を海底に沈め、藻場を人工的に造成し、管理するような技術の開発が進められていますが、こうした技術の開発と合わせて、私たち自身が海を汚さないために出来ることを考え、実行していくことも重要なのではないでしょうか?


ガラモ場

■参考文献
佐竹ら校注 (1999) 新日本古典文学大系1 萬葉集一 岩波書店.
佐竹ら校注 (2002) 新日本古典文学大系3 萬葉集三 岩波書店.
大野正夫編著(1996)21世紀の海藻資源-生態機構と利用の可能性- 緑書房.
能登谷正浩編著(2003)藻場の海藻と造成技術 成山堂書店.


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