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生きもの歳時記

万葉の生きものたち / 秋の動物

千鳥(ちどり)


干潟に群れるシギ・チドリ類

 夏が過ぎて秋、と言っても8月から9月ですが、干潟にはシギやチドリの仲間が集まってきます。干潟では、それぞれがいろいろな餌を食べながら歩き回り、さらに南へ移動するためのエネルギーを補給します。彼らは春にまた干潟に戻ってきて、さらに北へと渡っていきます。旅の途中の小鳥たちの群れで、春と秋の干潟はにぎわいます。
 万葉集では、ちどりを題材とした歌は二十首以上あります。その中には、群れをなしている普通の鳥を、ちどりとしているものもあり、字の如く「たくさん(千)の鳥」の意味でも使われることがあったようです。同じくらいの大きさの小型のシギ類も含めての総称でした。内容としては、姿よりも鳴き声を詠んだものが多いようです。

佐保川の 清き川原に 鳴く千鳥 かはづと二つ 忘れかねつも

(作者不詳 万葉集 巻七 一一二三)

佐保川の清らかな河原に鳴く千鳥は、カジカの声と共に忘れられないことよ。

近江の海 夕波千鳥 が鳴けば 心もしのに いにしへ思ほゆ

(柿本人麻呂 万葉集 巻三 二六六)

近江の海で夕波立つ海辺に千鳥が鳴くと、過ぎし日々が思いだされて辛い。


泥地を歩いて餌を探すコチドリ

 シギとチドリの違いは色々ありますが、最も違うのは足の指の数です。シギ科の鳥は一般的な鳥と同じ4本ですが、チドリ科の鳥は1本が退化して3本しかありません。

 そしてチドリ類の特徴は、その歩き方にあります。千鳥足という言葉は、この歩き方から来ていると考えられます。例えばシロチドリの歩き方を見てみましょう。


泥地を歩いて餌を探すコチドリ

 シロチドリは、すばやく走ったあとに急停止し、しばらく静止したのちに急に方向を変えてまた走り、干潟上で餌のゴカイやカニなどを急襲します。どちらに進むか判りにくいため、襲われる方は不意打ちをくらうような形になります。そしてまた急に走っては止まり、方向を変えて走ってはまた止まることを繰り返します。立ち止まる時には、全身をピタリと静止させます。まるで「だるまさんが転んだ」をやっているかのように、ジグザグ歩行をずっと繰り返します。コチドリやイカルチドリも、場所や餌は少し違いますが、基本的に歩き方は同じです。

 そのようなチドリ類の歩き方と、酔った人の、時々立ち止まっては方向を変えてヨタヨタとよろけて歩いてく様子はそっくりです。このようにフラフラしつつも途中で一旦立ち止まるような歩き方を、千鳥足と言うようになったのではないかと思われます。

 ただし、千鳥足の語源には諸説あるようです。広辞苑には「左右の足の踏みどころを違えて歩く千鳥のような足つき。特に酒に酔った人の足つき」と書かれています。また、海岸の波打ち際を歩く様子から、という説もあります。

 実際に観察していると、やはりジグザグ歩行説が合っている気がしますが。


ケリ

イカルチドリ

 日本では大小合わせて10種類以上のチドリ類が見られますが、日本で繁殖するのは、小型のコチドリ、シロチドリ、イカルチドリの3種と、大型のケリ1種だけです。それぞれ年間を通じて見られますが、少しずつ住む場所が違います。コチドリは海岸や川の中流域以下の砂礫地や荒れ地に、シロチドリは河口部から海岸の砂浜に、イカルチドリは河川の中流域より上流の河原の中州や砂礫地に、ケリは水田や荒れ地、河原などに生息し、繁殖します。
 コチドリ、イカルチドリ、シロチドリとも、裸地に浅い窪みを作るだけで、そこに卵を産み、抱卵します。雛は20~30日ほどで孵化しますが、生まれてすぐに歩き始め、自分で餌を採って成長します。親は巣や雛を守るために、時に怪我をしたかのように振る舞い(これを擬傷行動と言います)、敵の目を自分に引きつけて、巣や雛から遠ざけようとします。親のそばで世話を受けながら過ごした雛は、約1ヶ月で独立します。


イカルチドリの巣(砂礫地)

コチドリの巣(埋立地)

 イカルチドリは、河川の中州のような礫地がなければ繁殖ができません。草が繁茂すると棲めなくなりますし、広い中州がある場所には4WD車やバイクが入ってくるために、繁殖できる場所はどんどん減っています。
 シロチドリが繁殖できる海辺の砂浜や砂州も、いまはどんどん減っています。


ハマシギ(左右)とシロチドリ(中央)

 コチドリも、造成地や広い砂利の駐車場などの荒れ地でも繁殖できますが、そこが草地になってしまえば繁殖はできませんし、工事が始まって建物ができれば、もうそこは利用できません。

 小型チドリ類が繁殖できる場所は、ただの空き地だったり河原の中州だったり砂浜だったり、人間にとっては何の利用価値もない空き地で、他の動植物もあまり多くはない環境です。川が氾濫を繰りかえす中で中州や広い河原ができ、そして河口部には砂州ができます。そういう場所に、まず最初に移り住んでくるのがチドリの仲間たちです。
 ダムなどができて川の水位が安定すると、河原や中州はどんどん草地化し、グラウンドにされたりして減っていきます。今後も減ることはあっても、砂利だけの河原や中州が増えることはないでしょう。
 コアジサシのように集団で繁殖して目立つ鳥なら気にする人も多いのですが、同じような場所で繁殖していても目立たないチドリ類は、減っていてもあまり気づきません。千鳥足で歩く小鳥を見かけたら、これからは少しだけ気にして見守ってあげて下さい。


ハマシギ(左右)とシロチドリ(中央)

■参考文献
中村登流・中村雅弘 (1995) 原色日本野鳥生態図鑑(水鳥編) 保育社.
菅原浩・柿沢亮三 (1993) 図説日本鳥名由来辞典 柏書房.
佐竹ら校注 (1999) 新日本古典文学大系1 萬葉集一 岩波書店.
佐竹ら校注 (2000) 新日本古典文学大系2 萬葉集二 岩波書店.


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