スマートフォンサイトを見る

生きもの歳時記

万葉の生きものたち / 春の動物

葦蟹(あしがに)


アシハラガニ(正面)

 海辺の岸近くや河川敷を歩いていると葦がかたまって生えているのをよく目にします。葦の根元をみると、小さなカニがさわさわと歩いています。アシハラガニをはじめ、ハマガニ、ベンケイガニの仲間、シオマネキの仲間です。

 これらのカニは地面に巣穴を掘って生活し、危険を察知するとすぐに巣穴の中に逃げこみます。特にアシハラガニやベンケイガニの仲間が作る巣穴は丈夫で、逃げ道まである複雑な形をしています。
 葦原にあるカニの巣は潮の満ちひきで壊されることはありませんが、もっと水際に近いところに棲むカニの巣は潮が満ちてくるとくずれて埋まってしまいます。しかし、潮がひくと砂の中からカニが這い出てきてまた巣穴を作ります。
 現在ではこのような葦原や干潟に棲むカニを食用にすることはあまりありませんが、昔は食用にしていたようです。
万葉集に、塩漬けにされて食べられる葦蟹の痛みを思った長唄が詠まれています。


アシハラガニ(正面)

おしてるや 難波の小江に いほ作り なまりて居る 葦蟹を 大君おおきみ召すと 何せむに 我を召すらめや 明らけく 我が知ることを 歌人と 我を召すらめや 笛吹きと 我を召すらめや 琴弾きと 我を召すらめや かもかくも みこと受けむと 今日今日と 明日香に至り 置くとも 置勿おくなに至り つかねども 都久野に至り 東の中の御門みかどゆ 参り来て みこと受くれば 馬にこそ ふもだしかくもの 牛にこそ 鼻縄くれ あしひきの この片山の もむにれを 五百枝いほえ剥ぎ垂れ 天照るや 日のに干し さひづるや 唐臼からうすき 庭に立つ 手臼にき おしてるや 難波の小江の 初垂はつたりを 辛く垂れ来て 陶人すゑひとの 作れる瓶を 今日行きて 明日取り持ち来 我が目らに 塩塗りたまひ きたひはやすも きたひはやすも

(乞食者 万葉集 巻十六 三八八六)

難波の小江に、家を作って隠れ住んでいる葦間の蟹を、大君がお召しになるという。「何でまた私をお召しになるのでしょう。そんな者ではないと私ははっきりと知っているのに。歌唱うたいとして私をお召しになるのでしょうか。笛吹きとしてお召しになるのでしょうか。または琴弾きとしてお召しになるのでしょうか。ともかくも仰せを承ろうと、明日香に着いて、置勿に着いて、都久野に着いて、東の中の御門から伺候してお言葉を承れば、馬にこそは吊り縄をつけるもの、牛にこそは鼻縄をかけるものなのに、この片山のもむにれの木の皮を五百枝も剥いで吊るし、日の光に日毎に干し、足踏みの臼で搗いて、庭に据えた手臼で搗いて、難波の小江の塩の初垂りを塩辛く垂らして来て、陶工が作った瓶を今日行ってはすぐ明日取って来て、私の目に塩をお塗りになり、その乾肉を賞味なさることよ、その乾肉を賞味なさることよ。」

 大君は葦蟹を楡の木の皮を搗いた粉とともに塩漬けにして召し上がったようですね。
 「葦蟹」という呼び名は現在ではあまり使われませんが、おそらく葦原やその周辺に棲む小さな蟹を総称して昔はそう呼んだものと思われます。それでは葦原やその周辺に棲む蟹をいくつかご紹介します。

アシハラガニ

イワガニ科、甲幅3cm。色は暗青緑色(甲側縁の歯やはさみは淡黄色)。甲の側縁に3歯あります(第3歯は退化気味)。 河口部の海に近い場所の葦原に巣穴を掘って棲んでいます。雄の目の下に16~18個の粒が並び、はさみ脚とすり合わせて音を出すことができます。雑食で巣穴から離れて餌を探して葦原を駆け回っています。

ユビアカベンケイガニ

イワガニ科、甲幅1.5cm。色は薄青い地に黒い濃淡斑模様があります。甲の側縁に歯はありません。河口部の土手に巣穴を掘って棲んでいます。はさみの先が赤いのが特徴です。

ハマガニ

イワガニ科、甲幅3.5cm。甲の側縁に3歯あります。甲は強く湾曲し、中央に深い溝があります。河口部の陸地に近くほとんど水につからない場所に巣穴を掘って棲んでいます。主に葦を食べ、巣穴からあまり離れることはありません。

シオマネキ

スナガニ科、甲幅3.5cm。色は暗青色で、はさみは朱赤色に縁どられています(大きな個体では目立たない)。目が長く、雄の片方のはさみが巨大です。河口部に近く淡水の影響の強い干潟の上部に巣穴を掘って棲んでいます。雄が大きな方のはさみを体の前で上下にふっている姿は有名です。この行動は雌に対する求愛行動のほかに、他の雄に対してなわばりを守る行動でもあります。

ハクセンシオマネキ

スナガニ科、甲幅1.5cm。色は淡褐色で、甲にセピア色の横縞や斑点があります。目が長く、雄の大きなはさみが真っ白です。少し河口部から離れた干潟の上部に、深い巣穴を掘って棲んでいます。雄は大きな方のはさみを横から上、下と大きく振ります。甲の色は季節によって変化し、暑い季節は白く、寒い季節は黒くなります。

これらのカニが棲む葦原や干潟は、平坦で波当たりが穏やかなため開発が進められ、近年では面積が少なくなってきています。カニの生息できる葦原や干潟の減少に伴ってカニの姿も少なくなってきていると言われています。
 貴重な自然を残す葦原や干潟を大切にしたいものですね。

■参考文献
奥谷喬司 (1994) 海辺の生きもの 山と渓谷社.
秋山章男・松田道生 (1974) 干潟の生物観察ハンドブック 東洋館出版社.
峰水 亮 (2000) 海の甲殻類 文一総合出版.
佐竹ら校注 (2003) 新日本古典文学大系4 萬葉集四 岩波書店.


PC用サイトを見る

Contactお問合せ

PC用サイトを見る

気象情報Weather Information
健康予報BioWeather
生気象学についてAbout BioWeather
コラムColumn

スマートフォンサイトを見る

ページ上部へ
Page
Top

Menu