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生きもの歳時記

万葉の生きものたち / 春の動物

蟾蜍(たにぐく)


身を潜めるヒキガエル

 ヒキガエルは「ガマの油」や「四六のガマ」でおなじみの“ガマガエル”のことです。昔から民話や故事にも登場し、日本人にとってなじみの深いカエルです。本土に分布するヒキガエルは2つの亜種にわけられ、近畿地方を境にして、東日本産は「アズマヒキガエル」、西日本産は「ニホンヒキガエル」と区別されています。
ヒキガエルは陸生のカエルで、繁殖期以外は水に入ることはありません。昼間は草むらや物かげに身を潜め、夜になると地面を這って餌となる小動物を探すという生活をおくっています。都市部にも生息していて、公園や住宅地で見かけたという話もよく聞きます。
 万葉集ではヒキガエルは「たにぐく」と記されて二首の長歌に詠まれています。やはりヒキガエルは地面を這って行くのが目に付いたのでしょうか、まさにその様をとりあげています。


身を潜めるヒキガエル

・・・・・この照らす 日月の下は 天雲あまくもの むかきはみ たにぐくの さ渡るきはみ 聞こしす 国のまほらぞ・・・・・

(山上臣憶良 万葉集 巻五 八〇〇)

・・・・・地上を照らしている日と月との下は、空の雲が棚引く果てまで、またヒキガエルが這って行く地の果てまで、天子様の治め給う秀れた国であるぞ。・・・・・

・・・・・山のそき 野のそき見よと とも のを あかつかはし 山彦の 応へむきはみ たにぐくの さ渡るきはみ 国状くにかたを したまひて 冬ごもり 春さり行かば 飛ぶ鳥の 早く来まさね・・・・・

(高橋連虫麻呂 万葉集 巻六 九七一)/p>

・・・・・山の果て野の果てまで見よと、配下の者どもをそれぞれの部署に着かせ、山彦の答える限りの地、ヒキガエルが這って行く限りの地までも、国の有様を御覧になって、冬ごもり春になったら、飛ぶ鳥のように早くお帰り下さい。・・・・・

~ヒキガエル出現の日~

 普段は単独でくらしているヒキガエルですが、年に一度だけ大挙して押し寄せる時期があります。それが繁殖期です。早春のある日、ヒキガエルはいっせいに冬眠から目覚めて地上に現れ、産卵する水辺に移動を開始するのです。
 カエルには長い繁殖期を持つカエルと短い繁殖期を持つカエルがいます。水辺にすむトノサマガエルやツチガエルなどは前者で、ヒキガエルは後者です。ヒキガエルは短い期間で繁殖を成功させるため、多くのカエルがいっせいに水辺に出現し、メスを得るためにオス同士が群がって争う、「蛙合戦」と呼ばれる繁殖行動をとります。
 ヒキガエルの繁殖期は数日間と短いうえに、年によって出現の時期が微妙に異なっています。この出現のタイミングを逃すと、次の年まで大量のヒキガエルを見ることはありません。ではいったい、何がきっかけでヒキガエルは一度に現れるのでしょうか?

 近年、この謎に迫った二人の研究者がいました。金沢大学の奥野教授と早稲田大学の石居教授です。


移動中のヒキガエル

 奥野教授は金沢城に生息するヒキガエルを9年にわたって追跡調査し、その生活史を明らかにしました。奥野教授の研究によると、金沢城のヒキガエルは3月終わりから4月初めにかけて出現して繁殖を開始し、9日から10日間で繁殖を終えるそうです。
 奥野教授はヒキガエル出現の要因を探るため、いろいろな気象データとヒキガエルの出現日を照らし合わせてみました。すると、最低気温が1、2日のうちに5、6度上昇し、そこに雨が降った時にヒキガエルが出現することがわかりました。
 一方の石居教授は比較内分泌学の専門家で、ヒキガエルの行動を誘発する要因を外部的・内部的に、20年以上にわたって研究しています。石居教授の研究対象は、ヒキガエルの繁殖池への移動、上陸した子ガエルの池への移動、さらにはヒキガエルの繁殖行動にも及びましたが、最初に取り組んだのが、「ヒキガエルはどうやって繁殖する池を見つけるのか」というテーマでした。このテーマに取り組むために、石居教授の研究チームはまず、ヒキガエルの出現を待ったのです。


移動中のヒキガエル

 このような長年にわたる経験のある石居教授によると、ヒキガエルの出現は温度と湿度の関数によって決まっているそうです。石居教授はコンピュータに出現率を推定するプログラムを組み、これを「ガマ率」と呼び、繁殖期になるとこの式を使い、ヒキガエルの出現を待つのだそうです。


石の上のヒキガエル

 春とは名ばかり早春の頃、気象予報に一喜一憂し、あるいは、野外で凍える体を暖めながら、大量のヒキガエルの出現を待つ人々が、今年もいるのでしょうか?


石の上のヒキガエル

■参考文献
奥野良之助 (1995) 金沢城のヒキガエル どうぶつ社.
石居進 (1997) カエルの鼻 八坂書房.
佐竹ら校注 (1999) 新日本古典文学大系1 萬葉集一 岩波書店.
佐竹ら校注 (2000) 新日本古典文学大系2 萬葉集二 岩波書店.


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