生きもの歳時記
万葉の生きものたち / 春の動物
燕(つばめ)
飛翔するツバメのオス
燕来る 時になりぬと 雁がねは 国偲ひつつ 雲隠り鳴く
(大伴家持 万葉集 巻十九 四一四四)
燕が来る時期になったと、雁は故郷を思って雲の上で鳴いている。
万葉集で燕が出てくる歌は、実はこれ一つしかありません。冬鳥である雁と入れ替わって現れる、季節を表す鳥であることは知られていたようですが、当時の俳人達にとって、綺麗な声で鳴くわけでもない小さな鳥は、愛でる対象ではなかったという説もあります。
九州では3月中旬、関東では4月上旬、一番遅い北海道では6月に入る頃にツバメが渡来します。
ツバメが渡ってくる時期は年によって多少違い、10日前後の幅があります。渡来時期には平均気温が何度になるかが関わっているようで、例えばヨーロッパでは平均気温が9度前後になるとツバメが渡ってくると言われています。日本の場合には、渡来時の平均気温は5~10度前後と少し幅がありますが、サクラ前線とは数日程度の誤差で連動しています。
ツバメは一夫一妻で、前年度に営巣した巣に帰ってくる傾向が強く、相手が生きている限りは同じ個体同士でつがいになります。相手が同じ巣に帰ってこない場合にのみ、別の個体とつがいになります。
ツバメがつがいになる際には、尾が長いオスの方がもてる傾向があります。人為的に尾を短く切った個体と、継ぎ足して長くした個体を比較すると、前者はメスにもてなくなり、後者は以前よりもてるようになります。これは格好いいとか素敵とか、そういう好みの話ではなく、尾の長さが寄生虫(ダニ等)の数によって違ってくるためだと判ってきました。
人為的にダニをたくさん寄生させると、ツバメのオスの尾は長くは伸びなくなります。つまり尾が短い個体ほど、寄生虫が多い不健康な個体の可能性が高くなります。それらの寄生虫は雛にも移っていきますから、抵抗力の弱い雛の生存率にも大きく関わってきます。ですからメスは、寄生虫のより少ない健康的な尾の長いオスを選ぶわけです。

雛への給餌
メスの産卵前や産卵中、オスは頻繁に交尾し、周囲に別のオスが近づくと追い払います。一夫一妻であるがゆえに、メスはより良いオスを獲得できるとは限りません。そして次善の策で尾の短いオスとつがいになったメスは、つがい外交尾を受け入れやすいのです。相手は若いツバメより、近所の尾の長い経験豊かなツバメの方が、より受け入れられるようです。DNAを調べてみると、尾の短いオスのつがいでは、26.6%が別オスの子供であった例もあります。
一生懸命警戒しても、つがい外交尾を防げない可能性があるために、オスは自分の子供をより多く残すため、頻繁に交尾をします。

雛への給餌

コンビニの軒下で営巣するツバメ
最近は、マイホーム事情も深刻です。巣は一から作る場合でも、2羽で協力して5~6日程度で作れます。しかし、その巣を架けられる場所がどんどん減っているのです。
最近の建造物は、外壁が汚れにくい素材が使われることが多く、泥が付きにくくなっています。泥が付かなければ巣も架けられません。ちょっとした引っかかりに一生懸命泥を付け、何とか巣を架けられても、育雛の途中で自然落下してしまう事もあります。
また外敵の問題もあります。家の中やガレージの中など建物の中に巣を作る個体や、ビルの中に巣を作り、自動ドアを自分で開けて出入りする個体までいるようですが、こんな建物の中まで入り込んでくるのは、天敵であるカラスに襲われないようにするためです。

コンビニの軒下で営巣するツバメ
外壁の目立つところにある巣は、ごっそり欠けているものが目に付きますが、これらの殆どはカラスに襲われて破壊されたものです。場合によっては建物の中にも入り込んできて、巣を壊して卵や雛をごっそり持ち去ってしまいます。一度襲われた場所は、再び巣を架けてもまた襲われる可能性が高いですから、生き残った親はより安全な場所に巣を移動しなくてはなりません。条件はどんどん厳しくなるばかりです。
カラスもさすがに人がいる場所にまでは入ってきませんので、自分が出入りできる限り、人の住んでいる建物の中に巣を作る方がツバメには安全なのです。

巣立ったばかりのツバメの雛
昔は農村に行けば、巣を架けやすい木造の民家があり、周囲には広い田んぼと餌となる昆虫が沢山いました。ツバメにとっては安全な住み処を提供してもらい、人間にとっては田畑の害虫を駆除してくれるわけですから、のびのびと人間とツバメが共存していたわけです。
現在は、田畑だった場所は住宅地や駐車場などに変わり、餌となる昆虫も激減しました。木造で巣が架けやすかった民家は、新建材で立て替えられ、ゴミが増えて天敵のカラスも増え、ツバメには棲みにくい世の中になってきました。
ツバメの営巣数が減り、とうとう居なくなってしまった街もあると聞きます。
近い将来、ツバメ達が飛んだり子育てしている姿を、見たこともない子供達が出てくるのではないかと心配でなりません。

巣立ったばかりのツバメの雛
■参考文献
太田眞也 (2005) つばめの暮らし百科 弦書房
中村登流・中村雅弘 (1995) 原色日本野鳥生態図鑑(陸鳥編) 保育社.
菅原浩・柿沢亮三 (1993) 図説日本鳥名由来辞典 柏書房.
佐竹ら校注 (2003) 新日本古典文学大系4 萬葉集四 岩波書店.