高齢化社会のバイオクリマ
No.2
2016.04.20
吉野正敏
熊本地震と高齢者
熊本地震による死者数
2011年3月11日に起った東日本大震災の復興がまだまだ途上にあって、日本人全体の頭の中で、また、行動や日常生活でも、ぬぐい去られていない2016年4月14日の午後9時26分ころ熊本地震が発生した。 5年1ヶ月しか経っていない時、大地震による試練がまた日本へ押し寄せた。
現地ではまだ余震が続いており、被害は大きくなるであろう。いま、この原稿を書いているのは地震発生から3日後で、被害の全貌はわかっていない。しかし、連続エッセイの筆者としては、たとえ、九州以外に住んでおられる読者でも、「高齢者社会に関心を持つ人は、これだけは考えていただきたい、調べておいていただきたい、関心を払っていただきたい」ということがある。その若干を述べたい。
まず今回の地震による死者数である。熊本県警の調べでは4月14日に9名、その後、16日午前1時25分の本震以降増加して、4月16日の20時55分の段階で、合計41名である。内訳は益城町20、南阿蘇村7、西原村5、熊本市4、嘉島町3、御船町1、八千代市1名である。
この値は非常に小さい。現在は行方不明者に数えられている方々の死亡が今後確定され、死者の数が増えても、死者数が少ない特徴は変わらないであろう。被災地域のる総人口・人口密度だけで、阪神淡路大震災の時の死者数と、熊本地震の時の死者数とを、簡単に比較することは意味がない。震度・余震回数だけで、死者数への影響の大きさを推定するのは不十分である。
高齢者の死者
上記の熊本県警が調べた死者数の内、高齢者の割合はどうであったか。合計41名の内、身元が判明している30名の年齢別の値を(表1)に示す。
年齢 | 死者数 |
91歳以上 | 2 人 |
81-90 歳 | 10 |
71-80 | 7 |
61-70 | 8 |
51-60 | 0 |
41-50 | 0 |
31-40 | 0 |
21-30 | 2 |
11-20 | 1 |
1-10 | 0 |
合計 | 30 |
上記の結果は30名の内訳であるから、熊本地震全体の結果の代表性の問題はあろうが、傾向は今後大きく変化することはないであろう。 地震発生後3日における状況であるが、それを考慮に入れて、考察したい。
この表から、61歳から80歳までの高齢者に集中している点が指摘される。この表は10歳ごとに区切ったが5歳ごとに区切ると66歳以上から急増する。高齢者の年齢が60歳代の半ばから始まることが、これほどはっきりしているとは、筆者も想像していなかった。また、31歳から60歳までが0というのも、バイオクリマからはよく検討しなければならない。
死者の死因は主に圧死・圧迫死であるが、単に体力があって、圧力・圧迫に対する抵抗力があったばかりではないように思う。すなわち、地震発生時刻(午後9時26分)が30代・40代・50代の人達にとってはまだ活動時間で、就寝(寝床に就いている)時間以前であった。高齢者はすでに床に就いていた場合が多かったことも、関係したのではなかろうか。
農業地域の課題
高齢者社会における諸問題を農業地域・工業地域などに分けて論じた研究は少ない。ましてや、さまざまの地域社会で発生するバイオクリマの諸問題は、まだ検討されていないのが現状である。
一つの国の中、例えば、日本の高齢者社会の構造が都市と農村で異なることは、少しは知られているし、誰でも関心を持つ。では、『国は医療費を高齢者に対して負担しているが、地域ごとに、総額が総人口に対する比率(値)は、都市と農村のどちらが大きいか』。これはかなり難しい問題である。1地方、あるいは1県・1市町村のスケールではさらにむずかしい。
農林業地域・工業地域などの生産活動を、人間の生活のリズムなどと関係して調べた研究は少ない。上記の熊本地震で死者数がたくさん出た地域は熊本市のベッドタウンの地域であった。とすれば、地震発生時刻が通勤者のどの生活時間帯であるかを検討をしなければならない。
今回、火災の発生がほとんど無かったのも工業地域・都市地域との違いである。その代わり、土石流・地すべり・土砂災害の発生箇所が多かった。これらにより人間生活への2次災害が多かった。ここでも高齢者の生活が関わる。
日本における高齢者バイオクリマの問題点
高齢者の生理・衛生はもちろんだが、地震発生後、特に顕著な余震期間における心理・精神・思考過程などの問題点をまず記録することである。いわゆる疫学的なデータが現在ほとんどない。テレビは農村や都市の画像はよくとらえ、放映するが、高齢者へのこのようなインパクトの変化には関心が薄いようである。
日本ならば、冬は寒く雪に閉ざされる豪雪地帯か、晴れて比較的暖かい太平洋側気候の地域かが、都市か農村かの差より以上にはっきりしている。高齢化社会の構造の地域差を明らかにしなければならないが、それに応じたバイオクリマも、きめ細かく考察するため、まずデータの蓄積が必要である。