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生きもの歳時記

万葉の生きものたち / 夏の動物

鮑(アワビ)

 「磯の鮑の片思い」-このことわざ、皆さんも一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。これは、万葉集にある、次の歌に由来したことわざです。

伊勢の海人あまの 朝な夕なに かづくといふ あはびの貝の 片思かたもひにして

(作者不明 万葉集 巻十一 ニ七九八)

 伊勢の海人が朝ごと夕ごとに潜って捕るという鮑の貝のように、私の恋もずっと片思いのままだなあ。

 また、次のような歌もあり、アワビはつらい片思いを忘れさせてくれるとも考えられていました。万葉時代の人々は、アワビの殻を恋のお守りにしていたのかもしれません。

手に取るが からに忘ると 海人あまの言ひし 恋忘れ貝 ことにしありけり

(作者不明 万葉集 巻七 一一九七)

 手にとるだけで、片思いの苦しみをすぐ忘れられると海人が言った恋忘れ貝は、言葉だけであったよ。

 「ところで、どうしてアワビと片思いが関係あるの?」と不思議に思われた方もいるかもしれません。


上からみたアワビ

ひっくり返すと・・・

 それでは、アワビの姿をみてみましょう。寿司屋のカウンターや市場の水槽で皆さんが目にするアワビは、多分こんな姿をしていると思います。でも、この姿を見ただけでは、なぜアワビと片思いとが関係あるのかわかりませんよね。

 それでは、アワビをひっくり返してみましょう。すると・・・下になっていた部分にみえるのは、殻ではなくて肉の部分だけ。万葉時代の人々はこれを見て、「貝が片方無い→片思い」を連想したのでしょう。


アワビも殻頂部は巻いている

 一見すると殻が片方しかないように見えるアワビですが、アワビは二枚の殻を持つ二枚貝の仲間ではなく、れっきとした巻貝の仲間なのです。全体に扁平で、通常の殻口にあたる部分が大きく広がっていますが、よくみると、ちゃんと巻貝であることがわかります。


アワビも殻頂部は巻いている

 このように、万葉時代から人とのつながりが深かったアワビ。実は神話の時代から日本の歴史に登場しており、倭姫命(やまとひめのみこと)が海女から差し出された鮑に感動し、毎年伊勢神宮に納めるよう命じたそうです。さらに、腐らないように薄く切って乾燥させて保存することを海女から聞かされ、それも納めるように命じたそうです。

 実はこの乾燥させたアワビ、身の回りの思いがけないところに登場しています。それは「熨斗(のし)」です。

 お祝い事に用いられるこの熨斗、実は右写真の矢印が指す黄色いところのことを指し、本来はアワビを薄く剥いて干物にし、熨した(伸ばした)ものでした。現在でも、三重県鳥羽市国崎(くざき)町では、伝統的な熨斗あわび作りが行われており、三重県の無形民俗文化財に指定されています。近年では、ほとんどが薄い紙で代用されています。右の写真のように印刷で代用されたり、省略される場合もあります。

 熨斗の原型となった干しアワビについて、万葉集では次のように歌われています。

わたつみの 沖に持ちきて はなつとも うれむそこれが よみがへりなむ

(通観法師 万葉集 巻三 三ニ七)

 大海の沖に持っていって放生したとしても、どうしてこんなものが生き返ろうか。

(乙女たちが戯れに乾鮑を包んで通観法師に贈り、呪願を頼んだ時に通観の作った歌)
 若い女性が、通観法師をからかったのでしょうか。熨斗状態のアワビを法師に渡し、海に放して生き返らせて欲しいと依頼したようです。熨斗あわびと頭とをかかえる法師の姿が目に浮かぶようで、ほほえましいですね。
 ここで少し分類学的な話をしますと、アワビは腹足綱古腹足目ミミガイ科に属する約100種類のうち、大・中型の産業対象種を総称した名前です。日本では、クロアワビ、メガイアワビ、マダカアワビ、トコブシなどが主な種類です。北海道から東北地方でみられるエゾアワビは、クロアワビの寒冷地方型です。


立ち上がった孔が並ぶ

 アワビは、殻の表面の肋の出方、足(ひっくり返した時の平らな部分)の色などで見分けることができます。また、殻には孔の列が並んでいますが、この数や立ち上がり方も見分けるポイントです。クロアワビは足が暗緑色で、孔は管状になります。数は4~6個です。メガイアワビは表面の肋がはっきりしています。マダカアワビは、クロアワビやメガイアワビに比べて孔の立ち上がりが著しく、トコブシは孔が管状に立ち上がりません。


水中のクロアワビ

 味のことにふれてみますと、クロアワビは刺身で食べるのが最も適しており、私達が寿司屋で憧れのまなざしを向けてしまうのが本種です。一方、メガイアワビは煮物や蒸し物に向いている種類であり、トコブシはクロアワビ等に比べて身が薄いため、殻付のまま煮付けなどにされることが多い種類です。マダカアワビは、クロアワビやメガイアワビなどに比べて最も深い場所に住み、日本で一番大きくなる種類ですが、漁獲量が少ないため、口にする機会はほとんどないでしょう。
 クロアワビの旬は夏。白い身は涼しげで食欲をそそりますし、ビタミンも豊富で、これからの季節にはまさにうってつけの食材です。アワビは非常に高価なためなかなか手がでませんが、たまには思いきって、寿司屋のカウンターで「アワビ!」と注文してみて下さい。

■参考文献
多紀保彦・奥谷喬司・近江卓 (2003) 食材魚介大百科 平凡社.
奥谷喬司 (2000) 日本近海産貝類図鑑 東海大学出版会.
波部忠重 (1990) 学研生物図鑑 貝Ⅰ 学習研究社.
佐竹ら校注 (1999) 新日本古典文学大系1 萬葉集一 岩波書店.
佐竹ら校注 (2000) 新日本古典文学大系2 萬葉集二 岩波書店.
佐竹ら校注 (2002) 新日本古典文学大系3 萬葉集三 岩波書店.

■ 参考ウェブサイト
海の神様が宿る町 海女発祥の地 国崎町 http://kuzaki.jp/index.html 国崎町町内会


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