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生きもの歳時記

万葉の生きものたち / 夏の動物

鵺鳥(ぬえどり)


山道を歩くトラツグミ

 「ぬえの鳴く夜は恐ろしい」という1980年代の映画のキャッチコピーで一躍有名になった鵺(ぬえ)は、トラツグミというツグミの仲間です。名前の「トラ」は、全身が黒と黄色の虎斑模様であることから付けられたようです。正確には、声の主がツグミの仲間と判ったのは江戸時代に入ってからで「おにつぐみ」とも言います。それまではどんな鳥が鳴いているのか、正確には判っていなかったようです。
 「ぬえ」が恐ろしい鳥になったのは、平家物語以降ではないかと考えられています。源頼政が宮中で捕らえた怪物は、頭はサル、体はタヌキ、尾はヘビ、手足はトラのようで、その声は「ぬえ」のようであると記されています。名の無いその怪物は、のちに「ぬえ」と呼ばれるようになり、「ぬえ」=「怪物」という図式ができあがったと言われています。
 平家物語より前は、実は怖いとか不気味ではなく、うら悲しいとか寂しいというイメージのものが多く(この平家物語の記述のために、それ以降の印象ががらりと変わってしまったようです)、万葉集では、「ぬえとり」は六首詠まれていますが、どれも「うらなけ」や「片恋」など、鳴き声が悲しげであるところから、そのような悲しい出来事を表す枕詞として使われています。

ひさかたの 天の川原に ぬえ鳥の うら泣きましつ すべなきまでに

(柿本人麻呂 万葉集 巻十 一九九七)

天の川原に心中泣いて居られた。何ともどうしようもないほどに。

よしゑやし ただならずとも ぬえ鳥の うら泣き居りと 告げむ子もがも

(柿本人麻呂 万葉集 巻十 ニ〇三一)

直接会えなくてもいいが、ひっそりと嘆いていることをあの人に伝えてくれる子がいてほしいなあ。

 これらの歌は、天の川を隔てて離居している織姫星と彦星が一年に一度だけ逢うことを許される七夕の伝説に因んだものです。


眼が比較的大きく見える

 トラツグミは、夜から明け方にかけて、さびしげな声で「フィー、フィー・・・」と鳴きます。その声は笛の音のようにも聞こえ、暗い林に響き渡ります。暗闇から聞こえてくる「ぬえ」の声は、確かに不気味かもしれませんが、悲しげかと言われればそういう気もします。

 北海道から九州で繁殖し、積雪の多い場所では冬には暖地に移動しますが、積雪の少ない場所では留鳥もしくは漂鳥で、広葉樹林や雑木林に生息しています。姿・形はごく普通の鳥で、大きさはツグミより大きく、キジバトぐらいです。夜行性のためか、他の鳥より眼が大きく見えます。繁殖期の餌は主にミミズ類で、口いっぱいに大量のミミズをぶら下げて巣に向かう姿が見られることもあります。冬は果実なども食べます。


眼が比較的大きく見える

 奄美大島には、別亜種のオオトラツグミが分布しています。日本の分類では亜種とされていますが、尾羽の数や声が違うことから別種として扱う場合もあります。オオトラツグミの生息数は100つがい未満と言われ、まさに絶滅の危機に瀕しており、1971年に天然記念物、1993年に国内希少野生動植物種にそれぞれ指定されました。レッドデータブックでは絶滅危惧IA類(ごく近い将来における絶滅の危険性が極めて高い種)とされ、環境省では調査と共に保護増殖事業も実施しています。
 もともと数が少ないオオトラツグミは保護対象になっていますが、トラツグミも声を聞ける場所は減ってきているような気がします。フクロウ類やヨタカなどもそうですが、昔はよく聞こえていた夜の鳥の声が、いつの間にか消えてしまった場所は多いのではないでしょうか。
 トラツグミの鳴声を聞くよりも、声が聞こえなくなる方がかえって寂しい気がします。

■参考文献
中村登流・中村雅弘 (1995) 原色日本野鳥生態図鑑(水鳥編) 保育社.
松田道生 (2003) 大江戸花鳥風月名所めぐり 平凡社.
菅原浩・柿沢亮三 (1993) 図説日本鳥名由来辞典 柏書房.
環境省編 (2002) 改訂・日本の絶滅のおそれのある野生生物-レッドデータブック- 2 鳥類
佐竹ら校注 (2000) 新日本古典文学大系2 萬葉集二 岩波書店.


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