異常気象時代のサバイバル
No.28
2015.02.04
吉野正敏
道路逆走とサバイバル
逆走問題の現状
最近、高速道路や、中央分離帯がある地方幹線道路で逆走する自動車が多くなり、大きな事故を起す原因になっている。高速道路公社6社と地方公社3社の合計9社が管理する高速道路における年間の全死傷事故件数は2002年~2008年の統計では7,000件を超えている。1990年代の状況は(図1)に示すように7,000件以下であった。
(図1)逆走事故・逆走死亡事故件数、全死傷事故件数の1990~2000年の変化
(ITARDA info36の資料の1部を改変)
逆走事故は1990年代、多少の波はあるが増加傾向がすでに強く、2000年には26件になった。その後、増え続け、事故に至らなかった場合も含めると、2011年~2013年の3年間の逆走事例は合計541件になった。1年の平均で約180件である。別の警察庁の統計では日本全国で2014年には224件だった。(図1)はITARDA(Institute for Traffic Accident Research and Data Analysis, 公益財団法人交通事故総合分析センター)の資料によるが、文字表現を訂正し、色彩をつけて理解しやすいように改変した。
(図1)でもう一つ明確なことは、逆走事故件数と、全死傷事故件数は増加しているのに、逆走死亡事故件数は大きな変化傾向は認められないことである。これは逆走の内容、逆走への対応が変化していることを意味する。(1)この傾向が2000年以降どうなっているか、(2)今後どうなってゆくと予想されるか、(3)変化の要因の解明、これらが問題解決における急務である。
逆走事故に関わる要因
これまで、逆走事故の原因については、次のことが指摘されている。順不同で列記する。
(1) | 事故の45%以上が65歳以上、30%以上が75歳以上である。従って、高齢化に伴うボケ、状況判断の遅れ・ミス、認知症の状態の運転者の増加。 |
(2) | 「うっかり」・「ぼんやり」・「会話に夢中」など、注意散漫。 |
(3) | インター・チェンジ、パーキング・エリアから本線への進入方向の間違え。 |
(4) | 出るべきインター・チェンジなどを通過してしまったために、あわてて、戻ろうとする。高速道路運転規則の無知。 |
(5) | 地方道においても、狭い道路から中央分離帯のある広い道路に出た場合、進入位置を間違える。 |
(6) | 逆走防止装置の設置の不十分、不適切。 |
(7) | 道路標識、行先方向(地名など)の表示が不十分、不適切。 |
(8) | 高速道路と一般道路の違いの認識不足。運転者の再教育が必要。 |
これらの原因はすべてすでに言われてきたが、その具体的な対策は手がつけられていない。さらに、これまで見落とされている原因に「眼の錯覚」がある。これは健康な壮年の人でも、出入り口付近において瞬間的に要求される「道路周辺の風景認識」・「行く先の地名認識」で起すことがある。これについては、後述する。
逆走事故の季節変化
逆走事故の発生には季節変化があるだろうか。もしあれば、夏冬の気温変化、春秋の人間の感情・心理・生理状態や変化に、逆走事故も関係することになる。また、極端な異常気象が関係するかも知れない。まず、(図2)を見ていただきたい。統計は1997年~2000年の4年間の集計である。
(図2)逆走事故件数(高齢層と高齢層以外)の年変化
(ITARDA info36 の資料の1部を改変)
65歳以上の高齢層は3月・4月・5月に多く、特に3月は1年で最も多い。これは気温が冬から春へと上昇してきて、高齢者の認知症などの疾患が多くまたは強くなるためと説明されている。私の考えでは、そればかりでなく、暖かくなって、買い物・小旅行などのため、高齢者の自動車運転による外出の機会が増えるためもあるのではなかろうか。いずれにせよ、人間の生理活動・社会行動の季節変化に関係している。また、12月にも極大がみられる。これは忘年会などの飲酒行動が関係しているらしい。
別に新聞記事から集めた2004年から2014年までのデータを比較のために(表1)にまとめた。
(表1)逆走事故の季節変化 |
集計期間 | 春 3・4・5月 | 夏 6・7・8月 | 秋 9・10・11月 | 冬 12・1・2月 |
1997-2000年(*) | 37% | 21% | 15% | 27% |
2004-2014年(**) | 21 | 27 | 18 | 34 |
*ITARDAのデータによる **吉野の集計による |
データの質が異なるので、1990年代末と最近の10年間の時代の月ごとの比較は差し控え、四季別にまとめた。(表1)から次の傾向が読み取れる。(1)最近は春より冬に多い。(2)秋は1年の中で最も少ない。(3)最近は夏にも多くなってきた。表には示さなかったが、8月に極大が出る。
上記の(1)と(3)の現象は、地球温暖化によって、それぞれの季節に特有の極端な気象が発生するようになったためかも知れない。今後の研究が必要である。
さらなる問題
サバイバルに関わる問題を以下に展望したい。
(1)地方別の発生件数
逆走事故の発生する回数を地方別にまとめると(表2)のとおりである。
(表2)逆走事故の地方別発生件数、2004~2014年 |
地方 | 九州・四国 | 中国 | 近畿 | 東海 | 北陸・中央 | 関東 | 東北 |
件数 | 29% | 0% | 12% | 23% | 6% | 24% | 6% |
この表も今後詳細なデータによって検討しなければならないが、日本国内における傾向はわかる。すなわち、当然のことながら、交通量を反映しているので、九州・東海・関東地方で多い。また、日本国内における地域差は季節によってかなり異なると思われ、今後の分析を待ちたい。また、都市地域・農村地域・工業地域などにより、次項以下に述べる軽自動車の割合、高齢運転者の割合、天候・気象状態に起因する道路環境の変化特性に差がある。これらの解明が必要である。
(2)逆走車の車種
新聞報道による逆走車の車種を統計すると(表3)のとおりである。
(表3)逆走事故を起した自動車の車種、2004~2014年 |
逆走した自動車 | ||||
軽トラック | 軽乗用車 | 普通乗用車* | トラックその他 | バス |
30% | 26% | 41% | 3% | 0% |
衝突された自動車 | ||||
トラック・タンクローリー | 軽トラック | 軽乗用車 | 普通乗用車* | バス |
44% | 0% | 6% | 50% | 0% |
*ライトバン・ワゴン車を含む |
この(表3)は極めて重要視せねばならない。すなわち、逆走事故を起す自動車は軽トラックと軽乗用車を合計すると56%にも及ぶことである。軽トラック・軽乗用車の運転者と、普通自動車の運転者とは、年齢・行動範囲(目的地)・運転経験(過去1年間の運転時間)・地域熟知度(地名認知度)・高速道路の機能や運転規則の理解度などが、明らかに異なるであろうから、出入り口における指示・標識・その設置場所などは両者を考慮して設計する必要がある。
もう少し平易に言えば、軽自動車の運転者はその地域に住み、言わば自転車代わりに使っている人達である。高齢者の割合が多いかもしれないが詳しい統計がない。普通自動車にはその地域内で軽自動車と同じ運転者経歴・目的・経験の人もいるだろうが、仕事・レジャーで遠方に行く場合が多く、それなりに構えて、準備をし、緊張してゆくであろう。「つい、うっかり間違えた」という状況にはなりにくいのではなかろうか。高年齢者の比率が大であっても、すぐに認知症・痴呆症に結びつけるのは短絡すぎる。慣れ・心の緩みなど数値ではとらえ難いが、逆走の原因解明には必要である。認知症・痴呆症が多いといっても2014年に12.1%である。残りの88%の要因解明が急務である。
(3)モニターによる高齢者講習
高齢者の免許更新時に義務付けされている高齢者講習会では、モニターによって、運転時のハンドル操作やブレーキ反応がチェックされている。しかし、ここで問題なのは、画面が日中を予想しているだけという点である。夕暮れ時、あるいは、夜間でも月夜と雨が降っていて真っ暗な時とは、いつも見慣れた道路周辺の景色が異なる。少し運転経験のある人はこのような明るさによる道路周辺認識の難易を知っている。雪国ならば、降雪・地吹雪はもちろんいわゆる“雪景色”で道路周辺の状況は非常に異なる。霧の中では場合によってはまったく視程0になる。このような条件をモニター画面に反映させることは簡単であろう。画面がカラーから白黒になるだけのことさえ現在はやってないが、将来きめの細かい反応チェックを望みたい。まさに異常気象時代のサバイバルの方策の一つである。
(4)逆走の自殺心理学
高速道路の逆走問題はヨーロッパでは日本より早くから発生していた。料金所が無いドイツのアウトバーンでは人目が無いから進入しやすく、自殺目的で逆走する事件さえ多く発生していた。最近、日本では鉄道へのいわゆる飛込み自殺が多くなり、その被害は社会問題・経済問題になっている。高速道路逆走による自殺は目的者が目的を達するばかりでなく、衝突された方も死亡する場合がほとんどである。被害者にとっては自爆テロに遭遇したのと同じである。
日本では幸いこれまで発生していなかったが、2010年2月23日、三重県伊勢市藤里町伊勢自動車道下り線で遂に発生した。衝突された車の同乗者が死亡した。三重県警は8月、逆走した男(死亡しなかった)が自殺目的で故意に事故を起した傷害致死の疑いで、逮捕した。日本でも今後増加するであろう。外国の諸例も集めて、自殺心理学的分析を急がねばならない。