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異常気象時代のサバイバル

No.13

2014.07.09

吉野正敏

局地風とサバイバル ― 北アメリカ大陸のシヌック ―

局地風とは

 局地的に狭い範囲に吹く風で、第1番目のグループは昼夜で風向が変わる海陸風・湖陸風・山谷風などがその典型的なものである。数kmから十数kmの水平スケールがほとんどである。第2番目の大きさの局地風は低気圧・高気圧などの総観気象型によって吹く気流、例えば、温帯低気圧・台風などの通過にともなって吹く風が、局地的な地形条件によって加速された場合である。十kmから数十kmの水平スケールのものが多い。これらの気圧系が近くを通過する時間によるため、数時間から長ければ数日の間、吹き続くこともまれにはある。日本の例では岡山県の広戸風、愛媛県のやまじ風がこれに入る。
 さらに、第3番目のグループは上空の気流、例えば偏西風や、モンスーンの気流、冬の大陸上の高気圧などの強い影響によって吹く局地風で、2~3日から1週間も持続することが多い。日本の例では関東の“空っ風”がこれに入る。 
 一般的に継続時間が長い局地風ほど、その局地風の水平的な地域範囲は大きい。したがって、その影響範囲も広い。今回紹介するのは上記の第3番目のグループの局地風で、北アメリカ大陸のロッキー山脈の東斜面で、カナダの南西部アルバータ州から、アメリカ合衆国コロラド州まで吹くシヌック(Chinook)である。上空の偏西風の影響で吹くため、影響を受ける地域範囲は広く、継続時間も長く、関東の空っ風の比でない。

シヌックの特徴

 シヌックはフェーン現象をともない、ロッキー山脈の西側では多量の雨か雪を降らせ、風下の東斜面を吹き下ろす時には乾燥し、昇温した強風となる。地面に積雪がある場合はこの乾燥した暖風のため、雪は昇華現象(固体が液体を経ないで気体になる現象)のため、瞬時に消えてしまう。そして、その後すぐに若草が芽を出す。“シヌックが吹くとき、東に向かって走る4輪馬車の前輪は雪の上を走り、後輪は若草の上を走る”といわれる。馬車の速度と同じ位の速さと思われるほど、若草前線の東方向への移動速度は速いと思われるのであろう。シヌックの別名をスノウイーター(Snow Eater、雪を食べる人)とも呼ばれるのはこのためである。
 これまでの記録では2~3時間の間に26℃昇温した場合がある。風速の最高記録はアメリカのコロラド州ボールダーで観測した毎秒56mである。


(写真1)(上)カナダのブリティシュ・コロンビアとアルバータ州の境界。海抜5,332フィート(すなわち、1,627m)の標識がある。
(中)太平洋まで1,950kmという標識。
(下)大西洋まで2,550kmという標識。

 (写真1)は、太平洋岸のブリティッシュ・コロンビアのバンクーバーから、カルガリー・ウィニペグ・モントリオールを経て大西洋岸のバスコシア半島まで連絡するカナダ太平洋鉄道のロッキー山脈中の最高地点にある標識を示す。(上)は、その地点はブリティシュ・コロンビアとアルバータ州との境で、海抜1,627mだとわかる。この千数百mと言う値に「低いな」と思われる方もあろうが、実は、山脈の中の鞍部(峠)になっている地形のところを強風が横切って、風下側で局地風が発生する場合、日本などでは数百m、スケールの大きい北アメリカ大陸の場合でも千数百mである。世界的に見て標準的な地形(海抜高度)である。2,000m以上のところは上空の気流は山脈を横切らず戻ってしまうか、止まってしまうかである。(中)は太平洋岸まで、1,950km、(下)は大西洋岸まで、2,550kmの標識である。日本列島の南北距離と比較すればそのスケールを想像できよう。

シヌックの語源・人びと

 シヌックとはロッキー山脈のこの地域に住むインディアンの名称である。プレイリー(大草原地帯)に後から入植した人たちが、シヌックの人たちが住む方角から吹いてくる風だから、この局地風をシヌックと呼んだのだと言う。また、前述の海抜1,627mの峠はKicking Horse 峠(意訳すれば、跳ね馬峠)と日本の地図帖に出ているが、カナダ・アメリカの文献にはシヌック峠と言う名が出てくる。同じものだろうと思うが、筆者は現地で確かめていない。また、入植者以前から、原住民(インディアン“シヌック”)の人達がこの局地風をシヌックと呼んでいたともいわれるが、筆者はこれもまだ確かめてない。しかし、4輪馬車の話も、跳ね馬峠の名称も、馬が関係している。この地域に住む人たちの馬と風との関わりの深さがわかる。


(写真2)(上)東西断面(左が西)に沿う地形・気候・植生・野生生物の説明板。
(中)風下斜面の牧野に立つ偏形樹。
(下)カルガリー市内にあるショッピング・センターの名称はシヌック・センター。

 (写真2)(上)は、東西断面(画面の左が西)に沿う地形・気候・植生・野生生物の説明表示板。地理教科書の挿図そのもので、矢印で主風が記入してあり、理解を助ける。(中)は、カナダのカルガリー付近の牧野の偏形樹。(下)カルガリーのショッピング・センターの名称はシヌック。この地域の人びとにシヌックの名が親しみをもって受け入れられている証拠と判断できよう。

サバイバルの証拠

 シヌックが吹かなかったらばどうなるか。これはすでに、現地へ開拓に入った人たちは経験済みである。すなわち、積雪が春になっても消えない。。。。牧草が無くなる。。。。家畜が死ぬ。。。。牧場経営が破たんする。。。。19世紀から20世紀前半の小氷期と呼ばれる時代、上空の偏西風の異常はシヌックの発生を弱めた。雪に覆われたプレイリーで、牛馬が食べる草が無く、やせ細っている有名な1枚の画がある。現地の美術館にあり、かつてアメリカ気象学会が発刊する雑誌Weatherwiseの表紙にもなった。この画の風景は、この地域に住む人たちの脳裏に深く刻まれている。
 シヌックの正常な発達がサバイバルを保証しているのである。シヌックの異常な未発達は家畜の死ばかりでなく、牧畜に頼る人たち自らの死を意味するのである。


(写真3)(右)カルガリー市内で撮った偏形樹
(左)シヌック峠付近の谷の氷河と岩屑。右下の人物でスケールが推定できる。
(以上、写真はすべて吉野が1987年に撮影した)

 (写真3)(右)はカルガリー市内で撮った偏形樹だが、よく見ると、地上約1mのところで主幹が折れていて、その風下側の枝が伸びて主幹の代わりになって上方に伸び、枝は風下方向にのみ伸びている。つまり、(1)かつて主幹が折れるほどの強風のエピソードがあった。(2)その後、正常な樹形には成長できないが、偏形樹(吉野の偏形度のグレードでⅣ)としては成長可能なシヌック条件で、ほぼ安定している。以上のことが推定できる。(左)は谷の奥には氷河があり、手前には氷河が後退した時に残して行った岩屑堆積物がある。20世紀後半の温暖化の影響がうかがえる。いずれもサバイバルを乗り越えた証拠と理解してよかろう。


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