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異常気象時代のサバイバル

No.18

2014.09.17

吉野正敏

寝耳に水 ― 午前の豪雨 ―

夜中・夜明け・早朝の豪雨と洪水

 夜中、寝ているところに、突然の豪雨で近くの川が氾濫して家の中まで水が入ってきて、気がついたら水が耳元まで来ているさまを“寝耳に水”という。転じて、“不意のことが起こって驚く”たとえになっている。日本では夜中から朝にかけた頃、豪雨やそれにともなう洪水はよくある。だからこそ、このたとえが生きているのだと思う。
 ところで、最近、豪雨が夜中から激しくなり、斜面の崩壊・土砂の流出・下流の洪水が発生した。被害も日中より夜中の方が大きくなりやすい。特に、情報伝達・避難勧告・救助活動なども夜間は困難の度合いが強い。場合によっては、日中なら可能なことが夜間の時間帯には不可能である。
 豪雨の時間帯は、たくさんの事例についての研究がまだ進んでいないが、深夜から未明にかけた時間帯、あるいは朝の時間帯によく発生する。暖候期、特に7月・8月9月に多い。

降水活動の日変化

 降水量の日変化、すなわち、24時間内の変化は古くから気候学の課題である。降水活動は普通、日中に強く、夜間に弱い。日中、地面付近の大気層が高温になり、上昇気流が発生・強化され、水蒸気は凝結し、雲となり、やがて降水(降雨)となる。このような状況は午後から夕方、少し長引いても宵の口までが、そのピークとなる。いわゆる熱雷をともなうことが多い。
 低気圧活動、前線活動に伴う降水活動ならば、当然のことながら、それらが近くにやってきた時だから、特に一日の内の何時頃ということはない。ところが、地球上の面積は合計しても小さいと思うが、降水活動のピークが夜中に出たり、早朝に出たりする地域がある。チベット高原の南東部の一部とか、インド・アッサム地方とかが、昔からよく知られており、有名である。夜間の山風が局地的にもっとも発達する時間帯に発生する。すなわち、夏に強く発達する湿った高温な南アジアの南西季節風が南アジア・東南アジアの大きな谷間に侵入する。そこへ、上記の局地的に夜間発達した比較的低温な山風が吹き出し、二つの気流の間に形成される局地的不連続線に沿って豪雨が発生する。ここで言う局地的というのは数十キロメートルのスケールである。
 チベット高原上の夜間の雨については、日本人による研究も最近ある。安成哲三・上野健一らがチベット高原の南東部で観測した結果では、高原上の中でも、谷地形になっているところでは夜間にメソスケールの対流システムが雲・降水を生じるという。一方、高原上の中で山地形のところでは日中にこのシステムができ夜間にはできないので、降水のピークは日中に出る。
 中国における統計的な研究(1)では、夜雨がピークになるのは約110°E以西の中国西部だという。山谷風のシステムの日変化の他に、雲頂付近の雲層の上面が夜間の放射冷却によって冷えてくるから上昇気流が強まり降水現象もピークになるのだという。これはチベット高原の気候・気象について1970年代に葉篤正らが行った総合研究の結論の一つであるが、チベット高原のスケールは数百キロメートルの地域スケールであることからみて、日本における全ての現象の説明にすぐに結び付くようには思えない。しかし、参考になる結論である。
 このほか、日本では朝雨(あさあめ)がある。“朝雨は女の腕まくり”という天気俚諺があるが、これは「早朝の雨はすぐに止んで、天気はよくなる」という低気圧や前線の通過による天気変化の経験則である。この雨はすでに日の出後で、人びとは働き始めた後の時間帯のことだし、豪雨ではない。今、扱っている豪雨とはまったく異なる原因による気象状態である。同じく、“私雨(わたくしあめ)”という数キロメートルオーダーの局地的な弱い雨が日本では朝1時間ほど降る地方があることが文献で知られている。これも発達した冷たい山風と平野部の暖気がぶつかって発生する弱い局地的な降雨で、今、紹介している時間帯の豪雨とはまったく異なる現象である。
 結局、今回紹介する豪雨は発生する時間帯に特色があり、継続する時間スケール、出現する頻度やシノップティック条件にも特色がある。また、地域スケールからみても、局地的ではあるが、数十キロメートルないし200~300百キロメートルのオーダーである。これまでの豪雨の事例をみると、地形に共通性がある。すなわち、南に向いて開いている(南風が進入しやすい)大きな谷(例えば北上川)か、湾(例えば東京湾)か、水道(例えば豊後水道、紀伊水道)などの地形になっている場合が多い。

2013年8月9日雫石豪雨の場合

 いずれ詳しい解析の結果を紹介したいと思っているが、2013年8月9日の岩手県雫石に発生した豪雨について触れておきたい。(表1)は8月9日朝の6時から16時までの雫石・紫波における降水量・風向・風速の観測値である。

(表1)2013年8月9日の雫石・紫波における1時間降水量・毎時の風向・風速*

時刻降水量(mm)風向風速(m/s)降水量(mm)風向風速(m/s)
 雫石   紫波  

60.0静穏0.1 0.0S2.7
71.5静穏0.1 0.0SSE1.2
89.0WSW1.3 0.0SSE2.7
939.5静穏0.2 13.0SSE1.9
1036.5ENE0.5 33.5NNE2.5
1134.0WNW2.2 64.5S1.9
1277.5SW0.8 49.0NNE1.0
1338.5N2.1 49.0WNW0.5
1421.5NNW0.5 2.0W1.1
153.0NNE0.8 0.0E1.4
160.0SSE0.4 0.0SSW1.4

*気象庁:アメダス観測値による

 この観測結果から見ると、豪雨はこの地域では朝の8時頃から始まった。9時にはすでに雫石で39.5mmの雨量を観測した。表には載せてないが、すぐ近くの葛根田でも9時に35.0mmを観測した。雫石における12時の77.5mmは記録的な値である。さらに注目しなければならないのは、豪雨が始まる以前、風は静穏か非常に弱く南寄りの風であったが、豪雨が始まった時刻になると東北東、西北西、その他に変わり、風向がさまざまになっていることである。豪雨が終わった時刻後はまた静穏か弱い南寄りの風になった。さらに、周辺地域も含め分析する必要がある。

2014年8月6日広島豪雨の場合

 8月6日の前日5日23時頃から6日朝にかけて、広島とその周辺で豪雨が降った。(表2)に1時間ごとの降水量観測値を示す。

(表2)2014年8月5日夜中から6日朝までの広島とその周辺地域の1時間降水量(mm)*

時刻広島志和安宿上下

5日      
 220.00.00.55.01.0
 237.50.52.06.50.0
 2412.02.01.53.54.0
6日      
 15.05.510.510.54.5
 29.54.54.016.05.0
 38.010.013.019.011.0
 49.518.523.521.05.5
 516.523.541.014.029.5
 611.524.034.534.524.5
 711.022.013.530.011.5
 83.011.05.511.55.5
 90.54.03.03.04.5
 100.00.50.01.02.5

*気象庁アメダス観測値による

 (表2)からわかることは以下のとおりである。(1)6日の午前3時頃から10mmを超え、5時、6時にピークとなった。(2)10時には終了した。(3)広島より南南東の呉の方が多く、最大は広島の北東の志和で、5日5時の41.0mmであった。(4)同じく志和では6時に34.5mm、さらに北東の安宿では6時に34.5mm、7時に30.0であった。(5)すなわち、北東の地点ほどピークの出る時間が遅れた。
 以上、この地域より大きな地域スケールの南西の気流の影響が認められ、また夜半から明け方までの豪雨の時間変化が明らかである。

(あとがき)より詳しい解析結果、サバイバルの問題は、紙面の都合で次回以降に述べたい。

[文献]
(1)Yin, Shuiqing et al. 2008: Diurnal variation of precipitation during the warm season over China. International Journal of Climatology, DOI:10.1002/joc.1758


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