暮らしの中のバイオクリマ
No.43
2013.08.21
吉野正敏
風下波動
北岩手の風下波動(山岳波)
山岳の風下波動(Mountain lee wave)は上空の気流が山脈をほぼ直角に横切るとき、山脈の風下側に発生する波動である。いつでも発生するわけではなく、条件が整った場合に発生する。
波動の波頭の部分には上昇気流があるので、グライダーはこの部分を旋回しながら上昇し、滑空しながら次の波頭にゆき、上昇し、次第に遠方に飛んでゆく。ヨーロッパでは第2次大戦中、兵員や軍事物資を空輸するのに、エンジンなしの飛行機(つまり、安価に、爆音なしに、より速く)の利用を考えた。そのため、山岳波の気象学的研究が1930年代後半から1940代にかけて進んだ。
20世紀後半には、世界各地で研究が行われ、日本でも気象学の教科書や解説書にも書かれた。グライダー愛好家による写真集も刊行された。グライダーで、より速く、より遠くに飛ぶ選手権競技もあるので、これに優勝するのは風下波動の知識なしには不可能である。 風下波動をより速く、より的確にとらえ、気圧配置の予想から風下波動を予測して飛ぶのが優勝への鍵である。
今回紹介するのは北岩手の風下波動である。筆者の『極端化する気候と生活』(古今書院、2013年)の100-104ページに2010年11月11日の場合を紹介したが、今回は2008年10月12日の例である。
2008年10月12日の北岩手の風下波動
2008年10月12日午前10時に岩手県雫石町長山(郵便局付近)で撮影した写真とその解説図で、風下波動の状態を記述しておきたい。1地点に立ってカメラを南方向から西方向を経て北方向まで180°廻して撮影した。この場合、次の(表1)のような状態になる。
(表1)写真1~3の画面と上空の気流との関係 |
写真番号 | 解説図番号 | 撮影方向 | 画面上における上空の気流の方向 |
写真1 | 図1 | 南方向 | 右から左に吹く |
写真2 | 図2 | 西方向 | 画面の奥から手前に吹く |
写真3 | 図3 | 北方向 | 左から右に吹く |
写真による説明
以下、写真と解説図により説明をしてゆく。
(写真1)岩手県雫石町長山(郵便局付近)において2,008年10月12日午前10時に撮影した風下波動。南方向。(吉野撮影)
(図1)写真1の説明図
南方向、遠方の山脈の頂(画面右、中央部下)にはフェーン壁による白雲がかかっている。その上には雲がない青空の部分がある。ここは山岳波の下降気流の部分である。画面の右半の中央部で明らかである。その左は山岳波の波頭の部分に発生している雲で、レンズ状になっているのを下面から見ているので、黒味を帯びている。
(写真2)写真1と同じ。ただし、西方向。(吉野撮影)
(図2)写真2の説明図
西方向を撮影しているので、上空の気流に直面している。画面の中央部では奥から手前に吹いている。画面の左では南西を向くから気流は右下から左上に向かう。画面の右では気流は左下から右上に向かう。
画面中部には山脈の上にかかるフェーン壁が見事である。この山脈上の白い雲の壁の上面はへらでなでたように滑らかである。その白雲の堤の上は青空である。風下波動の下降気流の上空の青空域である。そのさらに風下、画面では上約4割は黒雲であるが、風下波動の波頭下部を下から見ている。のこぎりの歯状になっているが、風下波動の気流の強いところ、やや弱いところの差を示している。
(写真3)写真1と同じ。ただし、北方向。(吉野撮影)
(図3)写真3の説明図
北を向いて撮影した(写真3)は、画面では、北西方向から北方向の状態がわかる。画面の上半分は、画面上で左から右に向かって吹く気流による山岳波の波頭下面(底部)を示している。画面の右下端、北方向には岩手山が見えるが山頂部は雲に覆われて見えない。黒雲と地上の風景の間は青空が見え、西風による山岳波の下降気流域である。
まとめ
この写真を撮影した地点は、南北に走る奥羽山脈の山頂部から東方約15kmに位置する。黒雲を風下波動の第1波とすれば、この日の場合、第1波の波長は約15kmであった。しかし、時刻により、また所により変わるから14~16kmと考えてよかろう。これは、ヨーロッパの観測例からみて、標準的な値である。
上空の気流は山脈を吹き越すとき雲を発生し、山頂部を覆う。風下側の地上から見ると白雲が壁のように見える。その上面はへらでなでたように見える。
その風下側は気流の下降域でフェーン現象により雲はなく青空が見える。さらにその風下側では波動が発生し、波頭の部分には雲が発生し、下から見ると黒雲になっている。この黒雲は南北に帯状に、言い換えれば、奥羽山脈に並行して、14~16km東を南北に走る。 なお、秋田における高層気象の観測値によると、10月11日~12日には800~850hPa(約1,450m)では相対湿度が80~100%、風向は西北西、風速は16m/sで、その上下の層より幾分か強かった。
(図4)2008年10月11日と12日の地上天気図(気象庁による)
(図4)は10月11日と12日の地上天気図である。北日本では西高東低の冬型気圧配置にこの晩秋、初めてなった時である。
あとがき
風下波動の雲帯を上空から撮影すればさらによく位置関係(波長や雲帯の長さ)などが分かろう。衛星写真の利用、数値実験による研究の結果が期待される。