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暮らしの中のバイオクリマ

No.32

2013.03.21

吉野正敏

アドリア海岸のボラ

冷たいおろし風「ボラ」

 ボラといっても魚のボラではない。クロアチアのアドリア海岸やスロベニアの内陸アイドフシチーナ盆地、イタリア領のトリエステなどで吹く冷たいおろし風のことである。同じく山を吹き下りてくるフェーンはいわゆるフェーン効果により昇温し、温かい風である。これまでの教科書によると、ボラとは背後の山地で冷えた空気が風下の山地斜面を吹き下りてくる風である。だから冷たいという。ただし、いま言っているのは一つの流域で夜間発生する山風より一回り大きいスケールの局地ないし地域スケールでの話であるから混同しないでほしい。
 それならば、関東平野の空っ風はフェーンであるか、ボラであるか。冬、日本海側であのように多量の降雪(降水)がある一方、太平洋側は青空で乾燥している。しかし、冷たいのはどうしてか。教科書的な説明では納得できない。研究者は返答に困って、“関東平野の空っ風は、フェーン的なボラである”とか、“ボラ的なフェーンである”とか言った。
 それでは、本当はどうなのか、私は1970年代初め頃、ボラの現地観測・ボラ地域の植生調査・住宅形態などの調査や、日本での統計研究・風洞実験などのグループ研究を行なった。その結果を紹介したい。

ボラの実態

 ボラの実態については、この連続エッセイの第1シリーズ「風を歩く」の[17]に書いたし、また、「世界の風・日本の風」(気象ブックス020、成山堂、2008)に再録し、詳しく述べた。要約すると、クロアチアのアドリア海岸を中心として、北はトリエステ、アイドフシチーナ盆地、南はドブロフ二クまで、主として寒候季に吹く北東の風である。海岸にそって北西から南東方向にヴェレヴィット山脈が走るが所どころに峠があり、その峠から特に強い北東の風が吹き出す。風速は最大で25m/sec、平均では7~9m/secである。山脈には山越え気流による白い雲がかかる。その上面はへらでなでたようにくっきりとその上の青空と区別される。風下から見ると壁のようにみえるので、フェーン壁(ドイツ語ではフェーンマウアー)と呼ばれる。フェーン現象が起こっている証拠である。現地ではカパ(Kapa, 英語のCap、帽子)と呼ぶ。風下のアドリア海岸の平野部(海岸低地)では突風を伴うこともあり、この突風をシュテーゼまたはレフォーリとも呼ぶ。風下の平野へ吹き下りた気流は地面にぶつかって跳ね上がる。ハイドロリック・ジャンプと呼ばれる。
 このような状況の時、ヨーロッパ内陸部は高気圧におおわれている。ユーラシア大陸のシベリア高気圧からちぎれて移動性高気圧となって南西方向に移動し、特に東ヨーロッパ南部に出てきたものである。この高気圧内で寒気が蓄積し、この高気圧の南東部分では北東の気流となって、アドリア海岸に向かう大気の流れを形成する。
 ヴェレヴィット山脈を横断する断面でみると、内陸側に冷たい空気が堆積し、地表面からの放射冷却でさらに冷却する。そして山脈を越えてアドリア海岸に吹き降りてくる。山脈の風上側では雲が発生し降水(雪か雨)がある。すなわち、フェーン現象は起きている。

風洞実験

 1970年代、日本では気象研究所の研究者が富士山の地形による周辺の気流変化を風洞実験し、成果をあげていた。そこで気象研究所のこの風洞を借りて、私はヴェレヴィット山脈の模型を作って入れ、ボラのときの風下波動の再現を試みた。その結果の1枚を(写真1)(上)に示す。


(写真1)山越えのおろし風(ボラ)の風洞実験結果とアドリア海岸のボラの状態。左から右に向って気流は流れる。
(上)山脈の風下でジャンプし、風下波動(山岳波)の第1波が出来つつある。
(下)クロアチアのアドリア海岸に沿って走るヴェレヴィット山脈上にはカパ(フェーン壁、風枕)がかかる。画面上で左から右に向うおろし風は風下斜面を吹き降り跳ね返ってジャンプする(画面右端の偏形樹の背後の白雲のところ)。
(1972年10月16日、アドリア海岸のセーニの北約20㎞付近にて吉野撮影)

 大気の成層状態(温度分布)、風速などがある条件を満たす時、山脈を越す気流や、風下平野(海岸部)における跳ね上がり状態が観測されることがわかった。詳しいことは専門的になる(Yoshino, Local wind Bora, University of Tokyo Press, 1976)ので、ここでは省略する。
 全く同じ、現実の状態を(写真1)(下)に示す。山脈にかかるカパ雲の状態、ハイドロリック・ジャンプの状態(画面右端)などよく対応している。

日本での例

 日本でも、関東平野ばかりでなく、本州の脊梁山脈の風下側では条件さえ整えばどこでも発生する。(写真2)に岩手県の雫石で撮影した例を示す。


(写真2)フェーン壁(画面の左下の遠くに見える雲頂がなめらかな白い雲)と、風下波動の第1波のレンズ状の雲(雲低がやや黒い画面中央部のレンズ状の積雲)。
(2010年11月11日9時45分、雫石にて吉野撮影)

 (写真2)は東北地方を南北に走る脊梁山脈を吹き越す西風によってできた風下波動の例である。画面左下の林の上に上面がなめらかな白い雲が見える。これを右の方に追って行くと画面右下で、下からほぼ5分の1の位置まで連続しているのがわかる。つまり、脊梁山脈上のフェーン壁(日本語では風まくらと呼ぶ地方がある)である。画面の中央部のレンズ状の雲は近くにあるから大きいが、風下波動(山岳波)の第1波によってできた雲である。写真の手前から奥のほうに(すなわち南北に)波は長く連なっている。(写真1)の風洞実験の画面では風下のジャンプするところまでしか見られないが、風洞実験ではこのような波動が第2波・第3波と捉えられている。この(写真2)のフェーン壁から第1波の波がしらまでの距離は上空の西風が強い時ほど長い。上空の西風は強くなったり弱くなったりするので、それに応じて波がしらの位置も東西に移動する。

ボラとバイオクリマ

 ボラと暮らしの中のバイオクリマについて紹介しておきたい。第1に、住居への影響である。この地域は石灰岩地域なので、石材には事欠かない。住居は石造建築であり石屏に囲まれている場合も多い。ボラに直面する側には窓がない。あってもごく小さい。
 第2には屋根に石を置き瓦が飛ぶのを防ぐ。いわゆる石置き屋根で、もっとも強い所では瓦が見えないほど石を乗せる。最近ではレンガ状のコンクリート塊を乗せるが、石置き屋根は依然として多い。  第3は集落内の主要な道路がボラに平行する方向になっていることである。横道をどうしても横切らねばならないところでは、ボラを横切らねばならない。そこには鎖があって、人々は強風時には鎖を持って横切る。アドリア海岸でもっともボラが強い町であるセーニには今でもこのような鎖がある。しかし、小学生が登下校時にボラで海に吹き飛ばされる事故が後をたたない。
 第4は交通への影響である。路線バスや自動車が強風でハンドル操作をあやまり事故が多発する。特に強風が地上に降りる位置では風の乱れが大で、突風が吹く。ハイドロリック・ジャンプの位置では風の上向き成分も強いので、軽い車両は浮き上がり、事故となる。鉄道の線路沿いには石垣を築き強風から列車の運行を守る。高速道路では風上側に高い防風壁を築く。
 第5には、以上のように転倒や交通事故による骨折など外科的な患者数の増加が大きいのに対し、次の第6の症状を除いて、内科的な疾病はあまりないようである。低温・乾燥の状況のためであろう。
 第6は、ボラが1週間以上も連続すると、アドリア海岸のボラ地域特有だが、強風のため屋外に出られない(買い物に行けない)、火が使えないため(火災の危険のため)満足な食事ができない、強風は家の周囲の形状や構造・煙突の形状でさまざまな唸りの音を出し一晩中継続すると安眠ができないなどの理由で、うつ状態の原因になる。

空っ風はボラかフェーンか

 結局、関東平野の空っ風はボラなのかフェーンなのか。ボラの場合もフェーン現象が発生しているのだから、呼び名(局地風の名)が違うだけである。正確な答えは“空っ風はフェーン型の局地風の一つである。冷たい理由は、寒気団の空気が山越え気流となって吹き降りるので、フェーン現象によって風下で昇温しても、風下では寒気団に蔽われない時より低温である。”となろう。


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