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お天気豆知識

No.46

2004.11 Categories気圧

真空、気圧、ヘクトパスカル

地上天気図を見ると、低気圧や高気圧の中心付近に数字が書いてあります。単位はhPa(ヘクトパスカル)で圧力(気圧)の強さを表しています。今でこそ気圧あるいは真空の存在は一般的になっていますが、古代の学者の間ではそれらについての議論は哲学的な議論の対象でした。古代ギリシャの哲学者は真空の存在を無視しており、アリストテレスも自然界は真空の存在を嫌うと主張しました。


(図1)ガリレオによる真空の実験

真空が存在するであろうことを初めて実験で示したのは地動説で有名なガリレオ(Galileo Galilei:1564-1642)でした。
ガリレオはシリンダーに水を入れてすき間がないように栓をし、(図1)のように逆さにして砂を入れた容器をそれに吊るしました。するとシリンダーの中には水の上の部分に空間が出来ました。彼はそこが「真空」だと主張しました。


(図2)ベルティの実験

1641年にはローマの学者ガスパロ・ベルティ(Gasparo Berti:1600-1643)が別の実験で、「真空」の存在を示しました。(図2) 彼は先の曲がった高さ12mのチューブの両端にバルブをつけてチューブの中には水を入れ、両方の口は水の入った容器の中に沈めました。最初に上のバルブを開き、次に上のバルブを閉じて下のバルブを開けました。するとチューブの中の水はある高さまで落ち、チューブの中の上部には空間が出来ます。次に上のバルブを開くと、空気が大きな音を立ててチューブの中に入っていきました。つまり、チューブの上部に出来た空間は真空だったわけです。

この実験のことは、フローレンスの哲学者トリチェリー(Evangelista Torricelli:1608-1647)に伝わり、1644年には有名なトリチェリーの実験が行われています(図3)。
実験では片方が閉じた1mのガラスのパイプに水銀を満たし、水銀が入った容器の中にそれを立てました。すると、パイプの中の水銀は下がり、パイプの上部に空間が出来ます。そこが「真空」です。また、パイプの中に残った水銀の高さは約76cmでした。大気圧とパイプの中に残った水銀柱の重さが釣り合ったため、水銀がパイプの中に残っていたわけです。次に、容器の上部に水を入れてパイプを水のあるレベルまで引き上げました。パイプの口が水面に達すると、パイプの中に水が勢いよく入っていきました。この実験から、トリチェリーは「人間は大気という海の底に住んでいる(noi viviano sommersi nel fondo d’un pelago d’aria elementare)」と考えました。


(図3)トリチェリーの実験

トリチェリーの実験は同時代の人々に関心を持たれ、例えばローマの貴族フェルディナンド2世の兄弟であるカーディナル・ジョヴァニ・カルロ(Cardinal Giovanni Carlo)が1645年に、形や長さの違うパイプを使い、更にパイプを斜めにして同じ実験をしています。しかし、パイプの形が違っていても、パイプの中に残った水銀柱の高さは一緒でした(図4)。つまり、パイプの中に残る水銀柱の高さは、空気の圧力だけに関係しているからです。


(図4)空気の圧力の実験

フランス人のパスカル(Blaise Pascal:1623-1662)は、(図4)のような実験を長さ12mのパイプと赤ワインを使って行いました。なぜ赤ワインを使ったかというと、水より軽いからだということで、赤ワインを使うという発想はフランス人ならではですね。更にパスカルは「大気という海の底」に住んでいるのならば、海は深さにより水圧が違うのだから、山の上で同じ実験をするとどうなるだろうと考えました。しかし、パスカルはパリに住んでいて近くには山がありません。また彼は体が弱くて山に登る体力が無かったので、南フランスに住んでいた彼の義兄であるぺリエリ(Florin Perier:1605-1672)により、実験は1648年に(図3)の中央にあるような装置を使って行われました。ペリエは、まず山の麓で2本の真空を持つ水銀の入ったガラス管により、水銀柱の高さが71.2cmであることを確認し、そのうちの一本を麓に残してジャスタン神父に観察していてもらい、他の一本を持って山に登り麓より1000m高いところでの計測では62.7cmとなりました。頂上のいろいろな場所で計測しても、水銀柱の高さは同じ値を示し、また標高が違うと水銀柱の高さが違うこともわかりました。麓に戻って計測すると、両方の水銀柱の高さは同じになりました。「人間は考える葦である」と言ったのもパスカルで、圧力の性質を現した「パスカルの原理」も彼によるものです。

今年(2004年)は上陸する台風が多く、中心気圧は○○○ヘクト・パスカルの台風というのを聞く機会が多かったです。気圧の単位である「ヘクト・パスカル」は、彼の名前から来ており、記号で「hPa」と書くとき真ん中にあるにもかかわらず大文字の「P」を使うのも名前に由来しているからです。気圧の単位として1992年12月以前は「ミリバール(mb)」が使われており、1945年12月15日まで「ミリメートル水銀柱(㎜Hg)」が使われていました。Hgは水銀の水銀の化学記号です。また、日本で気象観測が始まった1875年6月1日から、1882年6月30日までは気圧の単位として、「インチ水銀柱」が使われていました。

気圧の単位が「ミリメートル水銀柱(㎜Hg)」がら「ミリバール(mb)」に変わったときは同じ気圧を表すのに数値そのものが変わったため単位の換算をしなければならず、気象庁にだいぶ苦情があったそうです。でも「ミリバール(mb)」から「ヘクト・パスカル(hPa)」に変わったときは、呼び方が変わっただけで単位の換算の必要がないため、苦情は少なかったそうです。ただ、「ミリバール」になれた私は、口の動きが多い「ヘクトパスカル」と言うときに舌をかみそうになります。


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