スマートフォンサイトを見る

お天気豆知識

雲の不思議の記事一覧

No.104

2009.9 Categories雲の不思議

雲との出会い

 子供の頃は雲を食べ物や動物になぞらえて遊んでいました。(写真1)の雲は形が吉野堂の「銘菓ひよこ」(写真2)に似ていませんか。雲の分類では積雲です。


(写真1)お菓子の「ひよこ」に形が似た雲

(写真2)吉野堂の「銘菓ひよこ」

(写真3)の雲は、つるんとしていて鏡餅みたいです。私が雲を科学的に見るきっかけとなったのが(写真3)の雲です。学生の頃、同級生と箱根登山鉄道の塔ノ沢駅から箱根の外輪山の明星ヶ岳(923.9m)に登ったとき、午後に明星ヶ岳山頂付近で撮影しました。山岳波による「吊るし雲」です。


(写真3)箱根明星ヶ岳山頂付近で撮影した「吊るし雲」

 山の高さが1,000m以下で、雲の低を見上げる角度それほど大きくないので、層積雲による吊るし雲でしょう。当日の館野の高層観測データからも1,500m以下の高さに発生したしたと推定できます。(写真4)は一重ですが、多分このようなレンズ状の雲をまじかに見た状態でしょう。


(写真4)層積雲のレンズ雲

(図1)箱根で「吊るし雲」を撮影した日の地上天気図
(1973年2月6日午前9時)

 当日の気圧配置(図1)は、三陸沖に発達中の低気圧があって東進していて大陸には優勢な高気圧があり、日本付近の気圧配置は冬型になる途中です。また北海道の西に小さな低気圧があり日本海に気圧の谷が伸びています。このようなときには上空に寒気が入り込む前で、関東地方南部は良い天気で暖かいことが多く、1,500m程度の高さだと南西か西南西の風が吹いています。いずれ寒気が入って冷たい季節風が吹いてきます。横浜地方気象台の当時の観測データを見ると、(写真3)の雲を撮影した日の日最大風速は南西で約13m/sでしたが、翌日は5m/s~10m/sの北風が吹いています。その日20度近い最高気温が翌日は10度以下に下がりました。

 当時、山雲の機構を研究している気象研究所の先生(故人)にこの写真をお送りしたところ、館野の高層観測データからある物理量を計算して、他の山岳波動による雲と一緒に学会発表してくださいました。その物理量はイギリスの気象学者スコラー(R.S.Scorer)が提唱した物理量で、スコラー数といいます。空気の安定度と高さ方向の風速の差を合わせて計算する量です。スコラー数の値が上空ほど小さくなるときに山岳波動による雲が発生しやすくなります。つまり、空気の状態が安定で、上空に行くほど乾燥し風が強くなるようになっている層にレンズ状の雲が山の風下方向に発生します。
 その先生に、レンズ状の雲は時間がたってもほとんど移動しないので、自転車などを使って移動して2箇所から同じ雲の写真を撮り、写真から雲の位置と高さを割り出せば、山岳で起こされた空気の波動の長さ(波長)がわかると言われました。その後もたくさんのレンズ雲を撮影しましたが、位置や高さを計測して波長を計算することやっていないのが心残りです。でもいくつか撮り貯めた写真とそのときの天気図と比較したところ、寒冷前線や上空の気圧の谷の通過前に現れやすいということがわかりました。ときには、この雲が現れるとしばらくして風が強くなることもありました。
 信州の天気俚諺にはこのような雲と悪天を結びつけるものもあります。それらを紹介しましょう。
 ●レンズ雲がでると大雨(上田市周辺)
 ●レンズ雲がでると大風(上田市周辺)
 ●北にレンズ雲が出れば天気が変わる(松本市周辺)
 ●レンズ雲、さば雲が出ると天気悪くなる(南安曇郡)
 これらは「信州の天気とことわざ」(篝 益夫1965)に載っていたものです。この本の前書きにも書いてありますが、“ことわざ”の大部分は明治以前から伝わってきたものなので、むずかしい熟語や言葉はなるべく現代の常用の言葉に書き変えたとのことです。“レンズ”という言葉は別の言い回しが使われていたのでしょう。

No.97

2009.2 Categories雲の不思議

技術革新が作った雲


(写真1)飛行機雲の夕焼け

 “技術革新が作った雲”、どの雲のことだと思いますか。空高くに筋のように現れる雲、飛行機雲のことを言いたかったのです。いろいろな雲の種類を見分けることは難しいですが、飛行機雲は子供の頃から見分けることが出来ました。小さな点が動いていて、そのあとに筋のように雲ができていくのですぐにわかります(写真1)。
 飛行機雲が出来る高さは基本的に10種雲形では上層雲が出来る高さです。ですから初めて飛行機を飛ばすことが出来たライト兄弟は、その当時この雲を見ることが出来ませんでした。大昔、ギリシャの哲学者アナクサゴラス(Anaxagoras、500-428B.C)は巻雲が氷でできていると考えましたが、彼は飛行機雲の存在すら知らなかったでしょう。10種雲形の基礎を作ったイギリス人のハワードもこんな雲のことは考えもしなかったでしょう。飛行機雲が飛行機の後ろに出来るのが始めて観測されたのは1915年です。その飛行機はプロペラ機です。また、科学的な解説が行われたのは、第1次世界大戦の後です。第二次世界大戦を経験された方は、たくさんの飛行機雲にいやな思い出をお持ちの方もいらっしゃるかと思います。


(写真2)ジェット機と飛行機雲

(写真3)リボンがねじれたような飛行機雲(中央)

 飛行機雲はなぜ出来るのでしょう。エンジンからの排気ガスには微粒子と水蒸気が含まれています。飛行機が上空の湿度が高いところに入ると、排気ガス中の微粒子が凝結核になって、一緒に排出される水蒸気を凝結させて雲粒ができます。ところが低温のためできた雲粒はすぐに凍結して氷の結晶(氷晶)になってしまいます。飛行機は進みながら次々と雲粒を作っていくので、細く長く尾を引いたような雲ができます。
 ジェットエンジンから出る排気ガスは高温なので、エンジンのすぐ後ろに飛行機雲はできず、(写真2)のように飛行機雲とジェットエンジンの間に少し間隔があります。よく見ると、4つあるエンジンそれぞれから雲が発生しています。(写真2)を撮影した日は、上空の湿度が低めだったのでしょう、飛行機雲は長続きせず蒸発して消えています。また、飛行機の翼端やプロペラで作られた気流の乱れによっても飛行機雲はできます。時には乗っている飛行機から見ることもできますが、すぐに消えてしまいます。
 飛行機雲は(写真2)のようにできてから早くに消える場合もあれば、(写真1)みたいにロープのように消えずに残る場合もあります。飛行機雲はいろいろな形になるので幾つかお見せしましょう。(写真3)には3本の飛行機雲があります。そのうちの1本、中央の飛行機雲がねじれたリボンのようになっています。
(写真4)には飛行機雲が2本写っています。上のものは紐が波打ったようになりました。(写真5)は飛行機雲が広がって、一端が鋸の歯のようになりました。これらの形の違いは気象状況でこのような様々な形になります。(写真3)から(写真5)には複数の飛行機雲が写っていますが、それぞれ別の飛行機が作ったものです。


(写真4)紐が波打ったような飛行機雲(上側)

(写真5)鋸の歯のようになった飛行機雲

 飛行機が雲の中を飛ぶと、(写真6)のように穴が開きます。左側は雲に穴を開けて別の雲を発生させ、魚の骨のような筋状の雲になりました。雲の穴で説明しましたが、もとの雲が過冷却水滴でできていたのでしょう。右側は単純に穴が開いています。もとの雲の粒が氷の結晶で、飛行機からの高温の排気ガスで雲粒が溶けて蒸発したのかもしれません。
 雲があると日最高気温が高くならず、日最低気温もそれほど下がりません。専門用語で日最高気温と日最低気温の差のことを気温の日較差といいますが、雲があると、気温の日較差が小さくなります。飛行機雲は、(写真7)((写真6)とほぼ同じ時刻に撮影)のように巻雲などの上層雲に変わります。この影響が馬鹿になりません。ヨーロッパやアメリカなどの大きな空港の周辺では飛行機雲に覆われることが多く、気温の日較差が小さくなる可能性が高くなっています。


(写真6)筋状になった飛行機雲(左)と飛行機が作った雲
の穴(右)

(写真7)飛行機雲から変わった巻雲

 あの、2001年9月11日の事件(通称9.11)のあと、アメリカ国内で3日間、すべての民間機の飛行が禁止されました。この前後のアメリカ国内の気象データを解析した研究者がいて、気温の日較差が前後の3日間よりも平年値との差が大きくなった、つまり民間機の飛行が禁止された3日間は日較差が大きかったと報告しています。

No.95

2008.12 Categories雲の不思議

山と雲、富士山と雲

 空気が何らかの力を受けて上昇すると、膨張して温度が下がり、水蒸気が凝結して雲粒ができます。空気が上昇する原因として、風(気流)が山にぶつかって乗り越えることや、山を回り込んだりするときに出来る渦があります。
 (図1)のように山を越える気流が凝結高度を越えると山の上につるんとした雲が出来ます。その形が笠に似ているので、笠雲と呼ばれています。笠雲ができることで有名なのが富士山ですね。(写真1)は富士山の上に二重の笠雲があります。写真をよく見ると、近くの景色が流れているのがわかりますか。撮影場所は下りの新幹線の中で三島を過ぎてからです。この日は関西方面に用事があり、日帰りで行きました。(写真1)のように、横浜でも朝のうちはきれいに晴れていたのですが、夜帰ってきたら雨が降っていました。


(図1)笠雲の発生

(写真1)二重の笠雲(下り新幹線、三島~新富
士)

 富士山の特徴的な雲は笠雲だけではありません。富士山の風下方向には独特な形をした雲ができます。この雲は(図2)のように気流が富士山を越えるときできた上下方向の波の上に発生し、吊るし雲といいます。吊るし雲にはコマみたいな形をした雲や、飛行機の翼みたいな形というかブーメランのような形の雲があります。(写真2)は横浜市都筑区で撮影した富士山の吊るし雲です。吊るし雲としては大きな雲でした。この日は日本海を発達した低気圧が通過していて、午前中に寒冷前線が関東地方を通過しました。しかし、次の気圧の谷が接近中で、横浜では翌日が雨模様の天気でした。


(図2)吊るし雲の発生

(写真2)富士山の吊るし雲(横浜市都筑区)

 冬に強い寒気の吹き出しで風が強いときは、(図3)のように気流が富士山を越えるとき風下側では山の斜面に沿って上昇気流ができ、そこに雲が発生することもあります。旗みたいに見えるので、旗雲と呼ばれています。さらに、富士山を越えた気流が地面に当たってジャンプし、そこに雲が発生することもあり、ジャンプ雲といわれています。(写真3)は真冬に河口湖で撮影しました。山頂から左側に流れ出ている雲があります。これが旗雲です。また、赤い矢印で示したところから雲が発生しています。これらはジャンプ雲といえるでしょう。(写真3)を撮った日より前から冬型の気圧配置が続いていましたが、この日は新たな寒気が流れ込んでいました。


(図3)旗雲の発生

(写真3)旗雲とジャンプ雲(河口湖大橋)

(写真4)鉢巻のような雲(御坂峠)

 ときには、(写真4)のように鉢巻を巻いたような雲が出来ることもあります。最初は富士山の向こう側だけに雲がありましたが、時間とともに写真の左側の雲が延びてきて雲の鉢巻が出来ました。日が傾いた1時間後には鉢巻は消えていました。
 富士山麓の天気俚諺(てんきりげん:天気のことわざ)では富士山に笠雲や吊るし雲ができると、天気は下り坂に向かうといっています。旗雲の場合はそのようなことはない代わりに風が強まるといっています。ここで載せた笠雲や吊るし雲のあとは横浜でも天気が下り坂に向かいました。これらの雲は東京や横浜の天気も教えているのかもしれません。
 富士山の雲が体系的に分類され、このような名前が付けられたのは戦前です。分類したのは、阿部直正公爵(理博)です。戦後もこれらの雲に再び関心が向きました。気象庁や気象研究所の人たちにより、写真撮影による位置や高さの観測や、高層気象データによる解析、数値実験などでこれらの雲の発生の仕組みが研究されました。その中で吊るし雲については、90年代に家政大学の先生(元気象研究所)が複数方向からの写真撮影による観測だけでなく、気象衛星(ランドサット)の雲画像を使って発生位置の解析を行っています。

 富士山の雲から離れましょう。(写真5)を見てください。山の稜線に布切れというか真綿をかけたような雲があります。滝雲と言います。稜線の反対側で発生した雲が山の稜線を越え、斜面に沿って流れ落ちて消えていっています。私も別のところで見たことがありますが、音もなく雲が山の斜面を流れ落ちて消えていき、まるで雲の滝のようでした。このようなことでこの雲は滝雲と呼ばれたのでしょう。


(写真5)上越国境の山にできた滝雲(写真提供:加地智彦氏)

 山を越えてきた空気の温度が山の手前にある空気よりも温度が低かったので、雲ごと空気が山の斜面に沿って流れたのだと思います。ところが空気は下降すると温度が上がります。すると、空気が含むことができる水蒸気の量が増えるので、雲粒が蒸発します。このようなことから(写真5)のような雲になったのでしょう。
 まあ野暮なことは考えず、これらのような雲を見たら、自然が作る造形の不思議さ、面白さを楽しんでください。

No.94

2008.11 Categories雲の不思議

雲のおめかし、雲のイボイボ

●雲のおめかし

 雲の上に雲ができたのを見たことがありますか。(写真1)や(写真2)がその例です。(写真1)ではタワーのような白い雲の上に帽子のような雲があります。(写真2)でも右側の雲の頭に別の雲があり、左側の雲には胴体にマフラーを巻いたような雲があります。これが、雲の上にできた雲で、ずきん雲ともいいます。


(写真1)搭状積雲の上にできた頭巾雲

(写真2)頭巾雲のある積乱雲の夕映え

(図1)A:積雲の凝結高度 B:気流Cの凝結高度

 上空には水蒸気をあまり含んでいない空気の層や、安定しているけど水蒸気をたくさん含んでいる層があり、流れています。安定して水蒸気をたくさん含んだ層は、少し上昇させれば冷えて(膨張による)雲粒ができます。このような層の気流が、モクモクと上に向かって成長した雲にぶつかると、それを乗り越えようとして上昇します。その気流の凝結高度よりも上に行くと雲粒ができ、雲を越えて下降して凝結高度に戻ると雲粒は蒸発して消えます。このようにして、(図1)のように雲の頭に雲ができています。搭状になった積雲の胴体部分に雲ができることもあります。高い山、例えば富士山の頂上に笠雲ができるのと同じ原理です。

 (写真3)は12月の末に撮った写真です。積雲が幾つもあり、すべての積雲の頭に雲ができていた、なんとも不思議な光景でした。


(写真3)帽子をかぶった積雲たち

 (写真1)や(写真2)では雲が帽子、あるいは頭巾をかぶって、おめかしをしているみたいですね。ところが、このような、雲の上や周りにできた雲はすぐに消えてしまいます。雲はおしゃれさんだけれど、恥ずかしがりやさんなのかも知れません。

●雲のイボイボ(乳房雲)


(写真4)カナトコ雲にできた乳房雲

(写真5)カナトコ雲にできた乳房雲の夕焼け
ネードの本を見ると、(写真4)や(写真5)よりも大
きな乳房雲がオレンジ色に染まっているのが載ってい
ます。 何かの機会があったら見てください。

 (写真4)を見てください。空を暗い雲がおおっていて、写真の真ん中あたりにイボイボがあるのがわかるでしょうか。このように雲の底にあるイボイボのことを「乳房雲」と言います。哺乳動物のお乳に似ているのでこのような名前で呼ばれています。乳房雲は主に巻積雲、高積雲、層積雲などの厚みのある雲の底にでき、濃密な巻雲や積乱雲にできることもあります。 (図2)のようにこれらの雲の中に下降気流があって、雲の底が下の方に垂れ下がって、このような形になります。
 (写真4)は三重県の鳥羽にある鳥羽水族館の近くで撮りました。乳房雲はカナトコ雲にできています。 この日は、三重県中部に大雨洪水警報が出ていました。
(写真5)の矢印で指したところも、カナトコ雲にできた乳房雲が、夕日に当たってオレンジ色に染まっています。アメリカの雲の本やトル


(図2)乳房雲の構造

(写真6)雨が降り出す前の乳房雲

 今年(2008年)6月初めのある日の夕方、空を見上げたら、すっかり濃い灰色の低い雲に覆われて、底にはイボイボがありました。イボイボは(写真4)や(写真5)のようにはっきりしませんが、(写真6)はそのときのものです。 イボイボが消えたらまもなく雷雨になってしまいました。
 (写真4)や(写真5)のように乳房雲が遠くに見えるとき、高いところに見えるときは自然の造形の面白さを楽しめます。しかし、乳房雲が頭の上にあって低く、乳房の形が消えていく場合には、強い雨に注意してください。

No.89

2008.6 Categories雲の不思議

雲の穴

 空を見ていると、巻積雲や高積雲の中に穴が開いて、その中に毛状の雲が出ていることがあります。(写真1)と(写真2)がその例です。(写真1)は巻積雲に雲の穴が出来ています。穴の中にある毛状の雲粒は氷でできていて、上昇気流で支えられないほどの大きさの雲粒となっているために落下しながら蒸発しています。また、この雲の穴は大きくなりながら、東方向に移動していきました。(写真2)は高積雲の中にできています。この雲の穴を見つけたときはもっと小さかったのですが、撮影時にはこのように大きくなっていました。


(写真1)巻積雲にできた雲の穴(神奈川県青葉区にて)
(和田光明,小池克征,2005)

(写真2)高積雲にできた雲の穴(埼玉県鳩山町にて)

 雲の穴はなぜでき、大きくなったのでしょう?

 「水は摂氏0度で凍り始める」と理科で習いました。しかし、水はゆするなど外から刺激を与えないでゆっくりと冷やすと、0℃以下でも凍りません。雲粒はとても小さいので、氷点下30℃でも水滴でいることが出来ます。このように0℃以下でも水滴の水粒のことを“過冷却水滴”と言います。過冷却水滴はつつくなどして刺激を与えるとたちまち氷の粒になります。


(図1)氷粒と水滴が同じところにあると、水滴か
ら蒸発が起こり氷の結晶が成長する

 湿度を計算するときに、空気がどのくらい水蒸気を含むことができるかを表す飽和水蒸気圧が重要です。もちろん氷点下ですが、同じ温度の場合、水滴の飽和水蒸気圧は氷の飽和水蒸気圧よりも大きくなります。どういうことかというと、水滴(もちろん過冷却水滴)と氷の粒が一緒にあると、水滴は乾燥したところに居ると感じて蒸発します。一方、氷の粒はとても湿ったところに居ると感じて蒸発せず、周りに水蒸気が来るとその水蒸気を取り込んでしまいます。このため、水滴はだんだん小さくなって消えていきますが、氷の粒の方が大きくなります(図1)。そのため、過冷却水滴の雲が蒸発して穴が大きくなり、穴の中にある氷の雲の部分が増えていきます。
 (写真1)は巻積雲にできた雲の穴と言いましたが、ふつう巻積雲の雲粒は氷です。しかし、雲の穴が出来たということは、この巻積雲は過冷却水滴で出来ていることになります。この日の高層観測の記録を調べたところ、約8.2㎞の高さがとても湿っていたので、巻積雲はこの高さだと判断できました。またその高さの気温は氷点下28℃でした。この巻積雲の雲粒は氷点下28℃の過冷却水滴となります。


(写真3)細長い雲の穴

 「何かの刺激」で過冷却水滴が氷粒に変わると雲に穴が開き、その穴の中に毛状の雲ができます。 過冷却水滴を氷粒に変えた何かの刺激ですが、巻雲からの氷(氷晶)の落下や、飛行機の通過があります。 雲の穴の形は、飛行機が雲を突っ切るときの角度と関係しているとも言われています。飛行機が大きな角度で雲の層を突っ切ると、つまり急上昇する飛行機が雲を突っ切ると円形の雲の穴が出来ます。飛行機が雲の層に対して小さな角度で突っ切ると、つまり旅客機のようにゆっくりと上昇する場合は雲の層を長い距離飛ぶので、細長い雲の穴が出来ます(写真3)。もちろんどちらも雲の穴の中には、氷で出来た毛状の雲を見ることができます。
 (写真1)は横浜市青葉区で写しました。この付近は旅客機の空路なので、ゆっくりと上昇する旅客機の通過で出来た細長い雲の穴の仲間かもしれません。(写真2)は埼玉県鳩山町での撮影です。撮影場所は横田基地や入間基地に近く、穴の形が円形なので、そこから飛び立った飛行機が過冷却水滴でできた高層雲を突っ切って作った雲の穴かもしれません。

No.40

2004.5 Categories雲の不思議

雲のしっぽ

 雲は直径が5~10μm(1μmは1000分の1mm)のとても小さな水滴(筋雲やいわし雲のように、高いところにある雲は氷粒)が浮いている状態です。雲粒は雨粒と比べると遥かに小さい水滴です(大きさの比較はバックナンバー第6号「雨の降るしくみ」に掲載)。雲粒同士がくっつくなどして大きな粒子になって落下し、地面に到着すると雨として観測されます。その粒子が落ちてくる途中で蒸発すると雲に尻尾が出来ているように見え、これを尾流雲と言います。(図1参照)


雲から落ちてくる水滴が地面に着くと雨、途中で蒸発すると尾流雲。
(図1)雨と尾流雲

 尾流雲は主に、巻積雲(うろこ雲)、高積雲(ひつじ雲)、高層雲(おぼろ雲)
、乱層雲(雨雲)、層積雲、積雲(綿雲)、積乱雲(入道雲)に現れます。乱層雲や積乱雲のような乱雲の規模の大きい雲は違いますが、尾流雲が発生すると本体となる雲はやがて消えてしまうことがあります。

 下左の(写真1)を見ると雲から尻尾のようなものが左から右に垂れ下がっているのが分かると思います(矢印部分)。これが尾流雲で、母体となる雲は積雲でしょう。右の (写真2)は発達しきった積乱雲ですが、積乱雲の左側に雲のこぶから筋みたいにまっすぐ下に延びた部分(矢印部分)があります。これも尾流雲と言えるでしょう。


(写真1)積雲にできた尾流雲
(矢印部分)

(写真2)積乱雲にできた尾流雲(矢印部分)
(和田光明,中村則之,2000より)

 「尾流雲」は「Virga」の訳語です。水野量氏(1995年天気1月号)によると、この訳は元気象庁長官の吉武泰二氏が測器課長をなさっていた昭和20年代に、「ビルガ」→「ビリュウ」→「尾流雲」と連想し、その雲の名前が観測法改定委員会で認められ「地上気象観測法」(昭和25年1月(暫定版))に初めて載ったそうです。 モーパッサンの長編小説「Une Vie」を「女の一生」と訳されていることも吉武氏の連想のヒントとなったそうです。ちなみに、「Une Vie」を直訳すると「ある一生」だそうです。
 ところで、「Virga」はラテン語ですが、辞書をみると、小枝・そだ・棒・笏(しゃく)とありました。さらに辞書を読むと医学用語で体の一部を表す意味も載っていました。

No.33

2003.10 Categories雲の不思議

ノコギリの刃のような雲


(図1)

(図2)

 昔、どこかの店のショーウィンドウで見たような気がするのですが、それは濃度の違う液体が入っているガラスでできた箱で、傾けると液体の境界面が波立つという物です(図1)。
 この容器の中では、密度が大きい液体は下の方に向かって動き、密度が小さい液体は上の方に動き、その境界面に波ができます。 ガラスの水槽に真水と色を付けた塩水を入れてしばらくすると上は真水となり下が色の付いた塩水に分離するので、それを傾けてもその境には波ができます。
その波は、(図2)の(a)に示したように、最初はなめらかな波ですが、やがて波の頭の部分が盛り上がって来て渦巻きができ、やがてその渦巻きの中も埋め尽くされ、波は解消されます。
 一般に、密度が違う流体(液体や気体のこと)が接していて、それぞれの動く方向が違ったりお互いの速度が違うと境界面に「波」ができますが、それをケルビン・ヘルムホルツ波と言っています。ケルビン・ヘルムホルツ波は、(図2)に示したように時間とともに(a)から(d)へと波の形が変化し、やがてその波は解消します。

 当然、空気中にも密度が違う流れがあり、その境目では条件さえそろえばケルビン・ヘルムホルツ波は発生します。(図3)の写真を見てください。


(図3)1996年6月18日18時15分
大阪府枚方市南楠葉にて撮影

 雲の上側の部分が、ノコギリの刃のようになっています。正直、この雲を目の前にしたときは驚きました。この雲を見たときにケルビン・ヘルムホルツ波による雲という認識はなく、変わった形をした雲、異様な形をした雲だったので、とにかく写真に撮りました。しばらくの間、この雲を見ることができましたが、とにかく異様な雰囲気でした。この写真は、所々毛羽立っていますが、もっとみごとなケルビン・ヘルムホルツ波による雲の写真が表紙となっている本(図4)もあります。


(図4)「An Introduction to Atmospheric」
(Carmen J. Nappo,2002,ACADEMIC PRESS)

 航空機の飛行にとってやっかいな現象はいろいろありますが、ケルビン・ヘルツホルム波も航空機にとってやっかいな存在です。飛行機で旅行中、大きく揺れたりしたことが有りませんか?私も梅雨期に小松から羽田に飛んだときに乗っていた飛行機が大きく揺れ、ある乗客のテーブルからはコップが落っこち、中の物がこぼれたのを見たことがありました。また、旅客機が水平飛行中に急激に飛行高度が下がり、通路を歩いていた人が天井にたたきつけられてケガをしたというニュースを聞いたこともあります。

 飛行中の飛行機が激しく揺れたり、急激に飛行高度が下がったりする原因は、空気中の波動、すなわちケルビン・ヘルツホルム波による乱気流が関係しています。雲の中を飛行中に揺れることはありますが、時にはよく晴れたところを飛んでいても大きく揺れることがあります。これもケルビン・ヘルツホルム波による乱気流が関係していますが、空気が乾燥していたために雲が発生していません。このように晴天中に発生する乱気流を晴天乱気流と言います。

No.21

2003.2 Categories雲の不思議

UFOみたいな雲


(写真1)勝浦温泉(和歌山県勝浦町)にて
        2000年2月5日15時ごろ撮影

(写真2)いであ株式会社国土環境研究所
        (神奈川県横浜市都筑区)にて
        2003年2月15日16時ごろ撮影

 空にはいろいろな形の雲が浮かんでいます。時には動物に似ていたり、何か食べ物を連想したりします。
なかには、(写真1/写真2)のような、ツルンとした雲が現れることがあります。(写真1)は紀伊半島の和歌山県勝浦町で撮影した雲で、(写真2)は神奈川県横浜市都筑区早渕で撮影した雲です。まるで空飛ぶ円盤、UFOみたいですね。
この雲は形がレンズに似ていることから、レンズ状雲ともいっています。たいていの雲は見ているうちに形を変えながら移動していきますが、この雲はあまり形が変わらず、かなり長い時間同じ場所に留まっています。

雲は、小さな水滴、または小さな氷の粒からできています。これらの小さな水滴や氷粒は空気中の水蒸気が冷やされてできたものです。空気の塊は何らかの力を受けて上昇すると膨張し、温度が下がります。また、空気が含むことができる水蒸気の量は気温で決まっているので、空気塊が冷やされると限度以上の量の水蒸気は水滴に変わり、雲粒ができます。


(図1)空気の流れが山にぶつかり風下 に空
気の波ができる様子

空気が上昇する原因にはいろいろありますが、ある程度の早さ(風速)を持った空気の流れ(気流)が山にぶつかると、その山の風下には(図1)のような上下方向の空気の波ができます。空気は上昇すると冷えますから、ある高さになると雲粒が発生します。ところが、雲粒が流れていくうちに下降気流のところにくると、空気は圧縮されて温度が上がり、雲粒は蒸発してしまいます。上空の風の強さによりますが、波動ができる位置はあまり変化しません。このため、レンズ状の雲は長い時間同じ場所に留まっています。
(図2)は、この雲が発生している様子のもう少し細かい状況です。図の左側の青い線は高さによる湿度のようすです。そのままで雲ができるほどではありませんが、湿度の高いところが層のようになっていて、その上下は乾燥しています。


(図2)雲が発生する様子(Scorer,R.S,1972)

レンズ状雲は湿度が高い層の気流が山による波動で上昇し、ある高さ以上になった結果、雲が形成されます。しかし、その上下の気流は乾燥しているので、雲が発生しません。このため、空気の波動による雲はツルンとした形となります。ただし、ある程度湿った気流がどの程度上昇すると雲粒ができるかは、その気流の温度や湿度で変わってきます。
山による空気の波動の中を航空機が飛ぶと大きく揺れ、時にはとても危険な状態となります。この波動は、乾燥した気流でも湿った気流でもできます。湿った気流の波ならばレンズ状の雲が発生するので、その波がどこにあるかわかりますが、乾燥した空気ではどこに波があるかわかりません。
日本一の高さの富士山では、富士山による乾燥した気流の乱れが原因で、過去に悲しい事故が起こっています。富士山レーダーを建設する際にはヘリコプターで大きなレーダー・ドームを山頂に運んだように、夏は上空の風が弱いので、富士山の気流の乱れは小さく、ヘリコプターも山頂付近を飛ぶことができます。しかし、冬は上空の風が強いので富士山周辺は気流が乱れています。
1966年(昭和41年)3月には羽田発香港行きのイギリスのBOACの旅客機が富士山に接近しすぎて空中分解して富士山御殿場口に墜落して、乗客乗員全員が死亡しました。戦後すぐにもアメリカ軍の航空機が富士山に接近しすぎて富士山に不時着しています。このときは全員助かっています。
レンズ状の雲が現れると、その後強い風が吹いたり、翌日雨が降る場合もあります。この写真の雲が現れた翌日は、どちらも雨となりました。

参考文献:Scorer,R.S,1972: Clouds of the World: A Complete Colour Enecyclopedia, David and Charles Publishers, Newton Abbot, p65

PC用サイトを見る

Contactお問合せ

PC用サイトを見る

気象情報Weather Information
健康予報BioWeather
生気象学についてAbout BioWeather
コラムColumn

スマートフォンサイトを見る

ページ上部へ
Page
Top

Menu