異常気象を追う
No.9
2008.07.16
吉野正敏
熱波
熱波と猛暑
地球温暖化の影響の最たる現象の一つは、近年の異常な熱波の出現である。多発する回数ばかりでなく、気温そのものの高さである。日本では猛暑日の出現で報道されることが多いが、世界的には異常な熱波(ヒートウェイブ、heat wave)として捉えられている。
熱波の厳密な定義はないが、『数十年から百年くらいに1回起きるような高温がかなり広い地域(ヨーロッパとか、南アジアくらいの地域スケール)で2-3日以上継続し、普通は湿度も高い。』と一般にはされてきた。だから、1日だけ高温では熱波といわないし、一つの国だけくらいの地域スケールで高温が継続しても熱波がきたとはいわない。日本の気象庁では日最高気温が35℃以上の日を猛暑日とする。この定義は極めて明確だが、継続する期間や、出現する地域範囲にはふれていないので、熱波と猛暑とはイコールではない。もちろん、2-3日、猛暑日が継続して例えば東アジアの広い範囲に出現すれば、これは熱波である。
ところが、問題点は次ぎの二つである。第1は、このような定義や、これまでの教科書・事典に書いてある高温の領域・限界は“35℃以上”としているものがほとんどで、40℃、45℃以上などの高温を設定も想定もしていないことである。第2は、上記のように数十年から百年に1回とされるような異常高温(熱波・猛暑)が、最近は数年とか場合によっては連続して現われ、高温の記録が更新されることが多くなってきたことである。
これは、地球温暖化の影響であることは疑う余地がない。このような問題点が急に発生し明らかになってきたことでも、地球温暖化問題の深刻さの程度がわかるであろう。
2007年のヨーロッパの熱波
2007年7月には中央ヨーロッパ・東ヨーロッパの広い範囲を熱波が襲った。7月24日のヨーロッパの最高気温を高い方の第1位から第10位まであげると、(表1)のとうりで、驚きの一語に尽きる。
(表1)2007年7月24日の中部と東部ヨーロッパにおける日最高気温観測値 |
順位 | 地点(国) | 日最高気温(℃) |
1 | デミール・カピヤ(マケドニア) | 45.7 |
2 | バリ・パレーセー(イタリア) | 45.6 |
3 | ゲイゲリア(マケドニア) | 45.3 |
4 | アメンドリア(イタリア) | 45.2 |
5 | スメデレスカパレンスカ(セルビア・モンテネグロ) | 44.6 |
6 | カタニア・シゴニーラ(イタリア) | 44.6 |
7 | クプリア(セルビア・モンテネグロ) | 44.6 |
8 | サンダンスキ(ブルガリア) | 44.6 |
9 | アイディン(トルコ) | 44.5 |
10 | ブリンディシ(イタリア) | 44.4 |
未確認なので、この(表1)にはのせなかったが、ギリシャでは47℃を超えた地点があったという情報がある。とにかく、イタリア南部・マケドニア・ギリシャ・セルビア・モンテネグロ・ブルガリア・ルーマニア・トルコを中心とした地中海周縁で高温であった。全体を総括すると、極端な高温40℃以上を観測した地点数は90に達した。45℃以上が4地点であった。
気候的に、地中海周辺は夏高温で雨が少ない、いわゆる地中海式気候である。しかし40℃以上という値は異常である。もちろん、過去に例がなかったわけではなく、1916年にはブルガリアで、45.1℃を観測している。
この熱波の影響は、農業・水産業などの生産活動の低下、熱中症などの病気や死亡率の増大、林野火災などへ、大きかった。ルーマニア1国だけで農業被害は2,000億円に達した。マケドニアでは2,000人がマツやカシワの森林火災の消火に出動した。火は国境を越えてギリシャにまで延焼し、さらに1,000人が消火活動に従事した。
2007年8月の世界の猛暑
2007年8月は世界的に異常高温であった。大気循環型を500hPa高度面でみると、大西洋北部ではプラスで、高度が高い地域(高圧部)は北緯60-70度まで達していた。それより高緯度ではマイナスであった。これはその境界部分でのジェットストリームの強化を意味し、その低緯度側、すなわち、地中海地方における対流圏下部の高気圧が発達したことに繋がったと考えられる。
9月には異常高温域はモンゴルから中国東北部を経て日本に至る地域に集中して現れた。
ヨーロッパの過去の熱波
2007年の異常高温に匹敵するような例が2003年にもヨーロッパでは起きていた。死者は52,000人に達した。その時、ヨーロッパでは500年来の暑さと言われた。それが、同じような高温がわずか4年後の2007年に起きたのだから、最初に書いたように、地球温暖化の異常な影響と思わざるをえない。それにつけても、2003年の場合を勉強しておく必要があるので、少し詳しく紹介しておきたい。
フランスの国立健康研究所は2003年9月末、『8月1-20日に14,800人以上が熱波で死亡した。最も高温な日には死亡率は1日に2,000人以上に達した』と発表した。この他の国を含めて、熱波による死亡者数を(表2)にまとめた。
(表2)2003年の熱波によるヨーロッパ諸国における死亡者数 * |
国 | 死亡者数(人) * | 備考 |
フランス | 14,800 | 最高死亡率は約2,000人/日 |
ドイツ | 7,000 | - |
イタリア | 4,200 | - |
スペイン | 4,200 | - |
イギリス | 2,139 | 1833年に150人の記録あり |
ポルトガル | 2,099 | - |
オランダ | 1,400 | - |
ベルギー | 1,250 | - |
スイス | 975 | 1540年以来の死亡者 |
ヨーロッパ総計 | 52,000 |
*)多数の情報源から吉野がまとめた。資料を収集した機関や、集計時期・方法・確度は不揃い。したがって、最終的な値ではなく、大まかな傾向を見るにとどめたい。
(表2)からわかるようにフランス・ドイツなど北西ヨーロッパで熱波の被害が大きかった。熱中症の他にこのときフランスで問題になったのが、原子力発電所の問題であった。フランスでは原子力発電所を58もっていて、フランスの総電力の約80%をまかなっている。この内の37の発電所は川辺にあり川へ冷却システムから排水している。熱波により川の流量は減少しているところへ、原子力発電所からの温水の排水は川の生態系へ影響を与える。フランスの国家調査委員会は2003年8月21日と9月3日に『原子炉から排出される温水は川の生態系に有害となる可能性があるアンモニア化合物の濃度を高める』と警告した。ドイツ・デンマーク・スペインなどでも問題をすでに検討し、対処していると言う。猛暑により、クーラーなどの使用で電力需要が異常に増加するとき、このような原子力発電所からの温排水の問題が強調される。これは新しい課題である。
電力の供給不足は深刻で、例えば、ギリシャでは限界は10,500MWだが、7月5-6日は9,500MWに達した。日本の場合は後で述べる。
日本の2007年の猛暑
日本でも2007年8月は全国的に猛暑が続いた。(図1)は6月・7月・8月の地域別平均の気温の推移を示す。8月の気温平年差は北日本では+1.2℃、東日本では+1.4℃、西日本では+1.3℃であった。
北日本では6月すでにかなりの高温が現れ、7月は日本全体に低温、南西諸島だけ高温が継続した。これは、北太平洋高気圧が平年より強く日本付近に張り出したためである。8月には特に高気圧が強く継続して東日本の太平洋側に高温乾燥をもたらした。真夏日の日数も各地で多かった。8月14日北日本・北海度で酷暑が継続し、秋田・山形・福島・鳥取の合計31地点で観測史上最高を記録した。15日に館林で40.2℃を記録した。(表3)に16日の記録をまとめた。
(表3)2007年8月16日に観測した記録的高温(℃) |
岐阜県 | 埼玉県 | 群馬県 |
多治見 40.9(1) | 熊谷 40.9(1) | 館林 40.3(8) |
美濃 40.0 | 越谷 40.4(6) | |
岐阜 39.8 | ||
八幡 39.8 | ||
注:( )は日本国内における過去最高記録の第1位から第10位までの数字。 |
8月15日から18日までまた酷暑が連続した。熱波と表現してよい。この8月の異常高温が影響した事件を項目別に述べると次のようである。
- 熱中症:8月12日現在で、1日から都内で病院に搬送されたのは368人で前年より倍以上、うち2人死亡。
- ビル屋上のビアガーデン:前年より10-20%増の入り。日中、屋上でも40℃になるくらいの暑さがよい。
- プール:東京サマーランド(あきる野市)では前年より30%増。
- 農作物:冬に収穫する野菜の播種期だが土壌水分不足。
- 電力:8月22日15時に東京電力で6,147万kWを記録。気温30℃以上では電力需要は1℃あたり170万kW増加すると言われるので、東京電力は『随時調整契約』(需給窮迫時に料金を割り引くかわりに電力の使用を控えてもらう契約。電力を使うメーカー側は生産量を落とすなどの対応を迫られる)を発動した。
- 刑務所:千葉刑務所の独居室に拘留中の50歳の男が17日、蒸し暑さのため死亡。
- 売れ筋商品:マニキュア(足の爪用。サンダルはくチャンス増加のため?)。インスタントラーメン・カップラーメン(調理時間、火を使う時間を短くしたいため?)。風邪薬・のど薬(エアコンの過剰?)。
- 不振商品:スプレー式殺虫剤。前年より数%減(異常高温で虫の活動がかえって弱まったため?)
- 熱中症:8月、東京消防庁が発表した全救急出動件数は62,166回で、過去最多。その内、熱中症とみられる搬送患者数は12,400人であった。2006年8月より約40%増であった。8月17日(都心で37.5℃を観測)は646人を搬送した。これは1日の熱中症とみられる搬送患者数の過去最大値である。