風を歩く
No.42
2007.01.15
吉野正敏
スロベニア・クロアチアの強風地域の家々
今年の冬、日本は暖かい日が多い。北米のワシントンも暖冬で、サクラが咲き始めたと、最近、テレビが伝えた。シベリアから東アジアに吹きだす冬の季節風は弱く、期間も短くなるのが近年の傾向だ。しかし、真冬でも、日本列島付近を通過する温帯低気圧が春のように急速に発達し、強風が吹くことがある。この正月6日―8日がそのよい例であった。その低気圧がアリューシャン方面に去り、西高東低の冬型気圧配置になると、日本の太平洋側では“おろし風”・“空っ風”が吹く。これについては、「風を歩く」で、何回か触れた。ヨーロッパの冷たい“おろし風”である「ボラ」については、「風を歩く 17」に書いたし、この「ボラ」によるアドリア海岸のクロマツの偏形樹については、「風を歩く 40」に紹介した。今回は、こういう地域に住んでいる人びとの住まいの風対策について、書いておきたい。
ボラが最も強いのは、イタリアのトリエステから、スロベニアのアイドフシチーナ、クロアチアのアドリア海岸のセーニ付近、カルロバーク付近である。ボラは突風をともない、トリエステでは1996年12月23日に毎秒50.3メートル、1995年12月13日には50.0メートルの風速を観測した。一般には毎秒25メートルまでである。しかし、温度が低いから体感では非常に寒い。また、長時間吹く。普通2-3日、長い場合は1週間も連続して吹き続くので、生活への影響は大きい。海岸では強風によるしぶきがあたり一面にすぐに凍りつき、船や港湾施設、あらゆるものが氷付けとなる。海岸沿いの交通は不可能となる。街の中でも道路を歩く人は飛ばされるので、家伝いにくさりや縄をたよりに歩く。屋根瓦・看板などは強風であおられ、遠くに飛ばされる。
(写真1)はスロベニアのボラ地域における約10年前に撮影した2階家の石置き屋根である。この写真を撮った小村ロコウ(Lokov)では、石灰岩の洞窟で有名なポストイナの近くで、スロベニアのなかではアイドフシチーナ付近とともに強いボラが吹く。ここの住家の屋根にのる石の数は、強風で瓦がよく飛ばされる部分ほど多い。人びとは長年の経験によって、屋根のどのあたりの瓦がよく飛ばされるか知っていて、特にその部分にたくさん石を置く。
(写真2)は新築のやはり2階家の屋根で、自然石ではなく、レンガを整然とのせている。時代とともに、載せる物は変わるが、依然として強風対策は必要である。10年前にここを訪れたとき、この付近のボラの回数は最近減ってきたと人びとは口にしていた。21世紀になってもこの傾向は続いているだろう。いうまでもなく、地球温暖化によって、高緯度地方から吹きだしてくる寒気は弱くなり、吹きだす期間も短くなる傾向にあるからである。
重要なことは、全体として、長年の傾向としてはそうであっても、ゼロになることはなく、依然として、ある年には強く吹き、その吹きすさぶ時間が長い場合が、回数は少なくても、かならず起こることである。その時のインパクトは大きい。被害は一瞬に起こるので、その時の対策をしておかねばならない。
(写真3)はクロアチアのアドリア海岸のセーニで見た住家である。セーニは、上記のとうり、アドリア海岸で「ボラ」が最も強い港町である。そこに流れ込む小さい谷間には少数だが農家がある。「ボラ」はこの谷に沿って、背後の山地斜面から吹きだすので、住家の風に面した側には窓がない。あっても小さい。まるで、石造の要塞のようにさえ見える。この家々は、世界でも風が最強の地域に建つ住家と考えてもよいであろう。