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風を歩く

No.41

2007.01.01

吉野正敏

セイロン・ティーと風

 スリランカは1972年の新憲法を公布し、それまでのセイロンという国名を変えた。しかし、イギリスの植民地時代に紅茶を生産するため、広いエステイトが経営され、セイロン・ティーは量・品質ともにロンドンマーケットで高い評価を獲得した。イギリス国内ばかりでなく、セイロン・ティーの名は世界を制覇した。チャの木の成育には温度・湿度・日照などが大きな影響をおよぼすが、風の影響も非常に強い。 筆者は1980年代の初め、風とチャの栽培についてスリランカの研究者と数年間の共同研究をした。2006年12月、国際学会がスリランカであり出席した。その後のほんの4‐5日だったが、二十数年前の研究地域を訪れ、新しい展開、古い伝統の維持・継続など、いろいろ学んだ。
 スリランカは九州と四国を合わせたくらいの面積の島国で、大きな国とは言えない。しかし、島の形はたまご型で、地形的にも比較的単純、中央には最高2,000mを超す山を囲んで山地があり、周辺には低地が広がる。島の南西の象限はウエットゾーンと呼ばれ年降水量2,000mm以上だが、残りの3象限はドライゾーンと呼ばれ、乾燥している。
 このウエットゾーンは、5―10月、南西モンスーンに直面する山地斜面に位置する。水蒸気をたくさん含んだ南西気流が霧や雲を生じ、雨を降らせるためにウエットなのである。この南西モンスーンの湿った気流は山を越して風下側ではフェーン現象によって乾いた強風となる。これを土地の人は“カッチャン”とよぶ。場所によっては、“ディンブラ・ブロゥイング(ディンブラ吹き)”と呼ぶ。

(写真1)ウヴァ盆地の強風地域で、チャ畑に埋まる小さい家の屋根。石・レンガなど、重いものは、何でものせる。アムベウェーラ付近にて。

(写真1)ウヴァ盆地の強風地域で、チャ畑に埋まる小さい家の屋根。石・レンガなど、重いものは、何でものせる。アムベウェーラ付近にて。

 (写真1)はこのような強風地域の一つであるウヴァ盆地の様子で、チャ畑のなかにうずくまるように建つ小さい家の屋根には石やレンガなどの重しがのっている。そもそも、ウヴァ(Uva)という地名が風からきている。風が吹くときヒュウ、ヒュウというが、これがウウー,ウウー(Uu, Uu)と捉えられ、ウヴァに転化したと言う。
 風上側の斜面上部から山地の峠近くのところは霧がかかりやすい。このようなところでは良質のチャの葉が生産される。その代表がヌワラエリヤとその周辺である。最近、日本でも都会の紅茶専門店では、ヌワラエリヤの紅茶を飲めるが、このうえなくおいしい。しかし、飲み方があって、濃い目にいれた紅茶2に対し、ミルクは1で、砂糖もたっぷりにする。薄い紅茶に雀の涙ほどのミルクでは味がしない。

 

(写真2)強風地域の古い建築物の屋根。コンクリートでしっかりおさえてある。ケピティポーラの学校図書館。

(写真2)強風地域の古い建築物の屋根。コンクリートでしっかりおさえてある。ケピティポーラの学校図書館。

 山地の峠の町ヌワラエリヤは植民地時代、外国人の避暑地として発達した。20年前でも、ヨーロッパ風の建築の立派なホテルがあった。その周りは野菜畑と外人客相手のゴルフ場などしかなかった。涼しいので、温帯野菜のネギ・ニンジン・ナス・ジャガイモ・レタスなどを産し、低地の熱帯気候地域に住む人びとの野菜不足を補った。小さいがリンゴさえでき、20年前と同じ大きさと味だが、今回も市場にでていた。
 ヌワラエリヤの町は20年間に一変し、小さいホテルで埋め尽くされていた。観光収入に頼らざるをえない国情とは言え、これには驚いた。野菜畑は周辺の山地斜面に追いやられ、これまでの町周辺のチャ畑は収入のよい野菜畑に変わっていた。20年前にあった、南西モンスーン季にヌワラエリヤの風下に位置する強風地域にある集落ケピティポーラの建築物の屋根は変わっていなかった。強風で屋根が壊されないようにコンクリートで重しを作り、屋根を抑えている。これが(写真2)である。

(写真3)チャ畑のシェイドツリー(樹種は現地名サブック)。南西の風で偏形している。ウヴァ盆地にて。 以上いずれも、2006年12月8日吉野撮影©

(写真3)チャ畑のシェイドツリー(樹種は現地名サブック)。南西の風で偏形している。ウヴァ盆地にて。
以上いずれも、2006年12月8日吉野撮影©

 強風はチャの葉にはよくない。第1に機械的な損傷をあたえる。それより以上に、風による葉の表面からの蒸散作用の促進が強い影響をあたえるのが怖い。葉が乾き、固くなり、良質のチャができない。そこでチャ畑にはシェイドツリー(shade tree)を一定の間隔で植える。チャ畑に陰をつくり、強い日差しからチャの葉を守って、柔らかい葉を生産するのが目的とされる。日本では黒いカンレンシャなどでチャの木を覆う光景が宇治などの高級茶を生産する地域で見られるが、同じ効果を考えてのことである。しかし、私の考えでは、日照・日射条件を和らげるほかに、シェイドツリーは風を和らげる効果が大きい。

 木が一定の間隔で植えられていることは、地面付近を吹く風にたいし地表面の摩擦を大にすることである。結果として、チャの木付近の風は弱まり、蒸散作用は弱くなる。(写真3)はウヴァ盆地のカッチャンが吹く地域のチャ畑とシェイドツリーを示す。南西の強風で北東方向に偏形した樹形になっている。これは、20年前とおなじであった。

 シェイドツリーにはまだほかの機能がある。シェイドツリーの落葉はチャ畑の肥料になり、地表面を覆った葉は熱帯の強い雨による土壌浸食をよわめる。また枯れ枝や剪定した枝は燃料となる。また、木は小鳥をよび、害虫を食べてくれる。よい生態系を創り出すのである。
 (写真4)は中央山地の霧・雲があるところに、朝日でできた虹である。熱帯山地ならではの風景である。このような気候条件下で風が中を取り持ち、世界で名だたる最高のセイロン・ティーが出来あがるのである。

(写真4)朝日を背にして、風上側の斜面上空に低くかかる虹。谷の両側は熱帯の高さ15―20mの大きな樹々が茂る。 2006年12月9日8時30分、キャンディーにて吉野撮影©

(写真4)朝日を背にして、風上側の斜面上空に低くかかる虹。谷の両側は熱帯の高さ15―20mの大きな樹々が茂る。
2006年12月9日8時30分、キャンディーにて吉野撮影©


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