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風を歩く

No.16

2006.01.16

吉野正敏

着雪と風

 雪景色の重要な要素の一つに、雪をかぶった樹々の姿がある。冬の蔵王山の樹氷“モンスター”は、その最たるものである。冬の日本海側の湿った雪が強い風で多量にはこばれてこなければ起きない現象である。詳しく言えば、シベリアからの冬の季節風(風向・風速)、日本海の存在(水蒸気の供給源)、東北地方の緯度(気温)、南北に走る山脈(上空の偏西風に直交する)、山脈の高度(風速強化、気温)、火山斜面の地形(風向・風速)、常緑針葉樹(着雪物体)の点在(着雪可能性の増大)など、多数の条件が整って初めて、モンスターの誕生となる。
 したがって、かりに、日本がもう少し低緯度にあっても高緯度にあってもだめ、日本海がなかったらだめ、火山斜面がなかったとしてもだめ、もちろん、アオモリトドマツのような常緑針葉樹が分布していなかったら、モンスターは見られなかったであろう。
 着雪は、風によって運ばれてくる雪片が物体の風上側に付着することから始まる。山では斜面に沿って吹く風が、平地では地上を水平に吹く風が、次々と雪片を運び、付着させ、風上方向に小さな魚雷形に発達させてゆく。写真1は風が画面の左から右に吹いている場合で、小さな魚雷は左方向(風上方向)にどんどん成長する。山登りをする人や山岳スキーをする人たちは“えびの尻尾”とこれを呼ぶ。写真1は長野県と群馬県の境にある四阿山(あずまやさん)の南斜面、海抜約2,250mのところで撮影した樹高約5mのアオモリトドマツの梢部分である。写真を撮った前日は終日、冬の季節風が吹いたので、このような見事な状態が見られた。

(写真1)魚雷型のえびの尻尾がたくさんついたアオモリトドマツ。風は左から右に吹いた.。 1960年4月2日、四阿山(あずまやさん)の海抜約2,250mにて。

(写真1)魚雷型のえびの尻尾がたくさんついたアオモリトドマツ。風は左から右に吹いた.。
1960年4月2日、四阿山(あずまやさん)の海抜約2,250mにて。

 このような現象が何回も繰り返されて巨大な姿になったものが蔵王山の樹氷、モンスターである。雪は氷のように硬くなっている。
 風が弱いと、雪片は樹の枝や葉の上に積もる。写真2は雪をのせたスギ林の風景で、樹の下の方ほど枝が大きいので、うちわ状に乗っている雪の量は多い。樹の枝にのった雪は厳密には着雪ではない。しかし、積雪は一般的には地上に堆積している雪のことだから、樹の枝にのっている雪は広い意味で着雪に分類せざるをえないが、樹全体を覆うようになると、樹冠積雪ともよぶ。写真3はカラマツ(唐松、落葉松)の主幹とそれから横にほぼ水平的に伸びる太い枝のつけね付近に堆積した雪の状態である。葉はすでに落ちているから樹全体を覆うようなことはない。落葉針葉樹は常緑の針葉樹とはまったく異なった風景をかもしだす。そして、よく見ると、鉛直に成長した主幹には雪が付着している。明瞭な着雪現象である。付着している方向が雪を降らせた時間の主風向である。都市では、電柱などにこのような着雪がよく観察される。したがって、この方向の分布を都市内外で詳しく調べると、都市の降雪時の風環境を詳しく捉えることができる。

(写真2)スギの樹の枝にのった雪。2005年12月27日、雫石にて。

(写真2)スギの樹の枝にのった雪。2005年12月27日、雫石にて。

(写真3)カラマツ(落葉松)の枝に残った雪と、主幹に残る着雪。2005年12月27日、雫石にて。

(写真3)カラマツ(落葉松)の枝に残った雪と、主幹に残る着雪。2005年12月27日、雫石にて。

 着雪と着氷は厳密に言うと異なる。気象学的には区別されていて、かなりむずかしく定義され、言葉が使われている.。また、英語で“銀の霜(silver frost)”または、“銀の融け霜(silver thaw)”と呼ぶ現象がこれに相当するようである。しかし、アメリカ語とイギリス語で異なる。イギリス気象局が刊行した気象学辞典によると、シルバーソウ(silver
thaw)とはアメリカ語だとはっきり書いてある。寒い日が続いて、突然、暖かく湿った風が吹くと、物体の風上側に氷が形成される。これをシルバーソウと呼ぶ。一方、アメリカ気象学会が刊行した気象学辞典によると、過冷却または凍結した降水(雪など)が樹木や物体の風上側に付着したものとされていて、まさにえびの尻尾がこれにあたろう。
 日本には“樹霜(じゅそう)”とよばれる現象があって、これのほうがシルバーフロストまたはシルバーソウにぴったりの現象に思える。長崎県の雲仙岳が有名で、木花(きばな)とよばれる。もちろん、日本各地で条件さえ整えば、見事な木花はみられる。過冷却の水滴が樹の枝の先、さらには枝全体、幹にまで付着して霜に成長し、葉をおとした樹全体が白い花で覆われたようにみえる。この場合、完全な無風ではだめで、微風が吹いて枝の先端などに過冷却の水滴を付着させないと霜の結晶にならない。
 また、地上付近が0℃以下で低温なとき、降ってきた雨が、樹や物体全体を氷で覆ってしまう雨氷という現象もある。いずれも、着雪、着氷とは違った過程で生じるもので、厳密には区別しなければならない。
 蔵王山の場合のように、雪(着雪)が主役にもかかわらず“樹氷”とよび、過冷却の水滴(霧)が主役にもかかわらず“樹霜”と呼ぶ。日本語では、着雪・着氷とはよく使われるが着霜という語はあまり聞かない。日本語・アメリカ語・イギリス語の慣用の問題もあり、雪・氷・霜が混乱して、なかなかわかりずらい。しかし、名称はどうあれ、強風か弱風か無風か、風が重要な発生条件の一つであることは間違いない。ここが、面白いところである。写真4は厳冬の雪景色である。画面右から、クリ、コナラなどの落葉広葉樹、アカマツの常緑針葉樹、画面左の遠方はカラマツ(落葉針葉樹)の林、それぞれの着雪の違いがわかろう。

(写真4)厳冬の朝の雪景色。右から、樹全体に雪の華が咲いたような落葉広葉樹、べったりとした雪のクリームを被る常緑針葉樹、細い筆で描き込んだような落葉針葉樹の林など。地面上3‐4mまで薄い霧が、放射冷却によって発生している。2003年1月6日、雫石にて。

(写真4)厳冬の朝の雪景色。右から、樹全体に雪の華が咲いたような落葉広葉樹、べったりとした雪のクリームを被る常緑針葉樹、細い筆で描き込んだような落葉針葉樹の林など。地面上3‐4mまで薄い霧が、放射冷却によって発生している。2003年1月6日、雫石にて。


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