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風を歩く

No.9

2005.10.10

吉野正敏

ハリケーン「カトリーナ」

  今年、2005年の8月下旬、アメリカメキシコ湾岸を、昔の言葉で言えば“古今未曾有”のハリケーン「カトリーナ」が襲った。バハマ周辺で発生したこの熱帯低気圧は、8月27日ころにフロリダ近辺を通過するという予報が発表され、合衆国のメキシコ湾周辺に大きな被害が予想されていた。
 昨年、2004年の9月には、大型のハリケーン「アイバン」がメキシコ湾岸を直撃した。この時には、メキシコ湾周辺にある石油の生産施設が約80パーセント被害を受け、製油所の一時操業停止が相次いだ。したがって、アメリカ合衆国政府は、強いハリケーンがメキシコ湾岸を襲ったとき、どのような被害がでるかは、よく知っていたと考えてよかろう。
最近の35年間の大西洋の熱帯低気圧とハリケーンの数は次の(表1)にみられるように、増加している。

(表1)大西洋のハリケーン・熱帯低気圧の最近35年間の変化
 名前を付けられた
熱帯低気圧
ハリケーン大きなハリケーン
1995年以降の平均137.73.6
1970-1994年の平均8.651.5

 1995年以降の平均は、その前の25年の平均に比較して1.5倍ないし2倍も増えていることがわかる。大西洋の熱帯低気圧やハリケーンがみなアメリカ合衆国に上陸するとは限らないが、上陸のチャンスは増えていることは明らかだ。この傾向をアメリカの海洋気象局(NOAA)は、1970-1994年は20年周期の低活動期で1995年以降は活動期にはいったためとしている。

記録的な、すなわち、カテゴリー5(中心付近の風速が毎秒70m以上)のハリケーンを年代順に年月日・名称・中心気圧を書くと、

1935年9月2日、レイバーデイ(Labor Day) ハリケーン、892hPa
1969年8月17日、ハリケーン「カミーユ」(Camille)、909hPa
1992年8月24日、ハリケーン「アンドリュー」(Andrew)、922hPa
2004年8月13日、ハリケーン「シャーレイ」(Charley)、941hPa
2005年8月29日、ハリケーン「カトリーナ」(Katrina)、920hPa(上陸前902 hPa)

である。被害の記録から見ると、1900年9月8日、テキサスのゴルブストーン(Galvestone)に上陸したハリケーンのときは6,000-12,000人の死者がでて、これが第1位と言われる。

 

(図1)ハリケーン「カトリーナ」の経路とその強さの経過 (アメリカ海洋気象局,NOAAによる)

(図1)ハリケーン「カトリーナ」の経路とその強さの経過 (アメリカ海洋気象局,NOAAによる)

 (図2)ハリケーン「カトリーナ」が最も発達した2005年8月29日午前の気象衛星画像(アメリカ海洋気象局,NOAAによる)。 午後には中心気圧は902hPaにまで下がった。これは、大西洋の熱帯低気圧で史上4番目に低い記録である。

(図2)ハリケーン「カトリーナ」が最も発達した2005年8月29日午前の気象衛星画像(アメリカ海洋気象局,NOAAによる)。 午後には中心気圧は902hPaにまで下がった。これは、大西洋の熱帯低気圧で史上4番目に低い記録である。

 


 カトリーナの経路とそれぞれの地点における強さを(図1)に示す。メキシコ湾の上に中心が在る時、最も発達していた。(図2)に見るように中心には眼がはっきりあって、その中心に向かって厚い雲が反時計周りに渦巻き状にはいりこんでいる。その下は激しい雨と風である。8月29日朝、カトリーナはルイジアナ州のグランド島に勢力をやや弱めて上陸、大都会のニューオーリンズに大災害をもたらした。その付近の湾岸の石油関連施設に大きな被害がでて、90パーセント強、日量で140万バレル相当分の石油生産が停止した。これにともない石油価格が上昇し、ガソリンも高くなった。その影響は日本にもおよび、われわれも、自動車を考えながら運転する状況になっている。メキシコ湾岸では、工場の操業停止、従業員の自宅待機、欠航で航空ダイヤ破壊、道路網の破壊による交通止め、商店・飲食店などの閉鎖などのほか、消費マインドが冷え込みによる商業活動全般の低下、さらには経済活動全般に狂いが起こった。

 ニューオーリンズのような大都会の市内80パーセントが冠水したこと自体が、そもそも、異常な大被害である。しかも、住民には貧困層の割合が大きい土地柄である。日本の木曽川下流にある輪中は有名であるが、ここは面積や人口の規模が小さく、人種差別などの問題は皆無、そして農業や住宅地域が主体である。アメリカ南部のニューオーリンズのような大都市はまったく別の問題を抱えている。9月2日ころには避難所の収容能力不足が目立ち始め、生活物資がなくなり、治安が悪化し、爆発・略奪などの混乱が起こった。3日ころから港湾施設停止のため、たとえば、穀物船運賃下落、石油コスト高のため製糖費5パーセント値上げが起こった。9月4日空挺師団約7千人を増派、合計4万人の米兵が救援活動に入った。9月28日現在、死者は1,123人、被災者は150万人に及んだと言う。

 経済被害は直接・間接に莫大な額に及んだ。しかし、9月1日のアメリカのある調査機関のレポートによると、“今回のハリケーンによる経済的な被害は大きいが、いずれ、復興需要を生み出すから、実質国内総生産(GDP)への影響はプラスである”とされた。“ただし、このプラスは過去のハリケーンに比較すると最小だが”と、付け加えられている。これとほぼ同じ考えかたは、6日後の9月7日、スノー財務長官の“経済成長は3ヶ月の間は減速するが、その後は復興需要で回復する”という発言にも見られた。しかし、筆者の考えでは、“復興需要は確かにあるだろう。しかし、その金は誰が払うのか”が問題である。支払うのは、個人か、企業か、地方自治体か、州政府か、国か、全世界か、である。個人ならば自己資金・個人財産・保険、企業ならば収益、地方自治体・州政府・国ならば税金、全世界ならば再保険や額は少なくても義捐金である。要するに、アメリカ合衆国政府だけの問題ではない。
 日本にも昔から、“火事太り”という言葉があった。火事は災難だが、結局は儲かったということであろう。これは、狭い範囲内で、しかも短い期間についてだけ考えた話である。メキシコ湾岸のハリケーン災害による直接・間接損害も、復興需要で“火事太り”となることですむのか。私有財産を支払った個人、損害保険会社、税金を払った人びと全部、損益勘定で被害額が大きい企業(外国企業を含む)、再保険システムをとうして関係する全世界の人びとなどが失ったものを、まったく考慮しないのはいかがなものであろうか。
 ハリケーン「カトリーナ」による被害に関した問題点は、以下のようにまとめられよう。1:ブッシュ大統領の対応、連邦政府の対応の遅れ、2:食料・医療品・衣料などが被害者に届かない、3:貧困層は避難命令がでても行き先、手段がない、4:略奪・暴力を当局が抑え切れなかった、5:州兵の派遣不足(ルイジアナ州の州兵の3分の1はイラク駐留中)、6:FEMA(米連邦緊急事態管理局)の弱体化(テロ対策最優先のため)。
 筆者の考えではこれらの問題点のほかにいくつかある。その一つ、日本のマスコミで欠けていたのが、この大型ハリケーンの発生の原因についての報道であった。大西洋の水温が高く30度Cであったという話はよく解説にされたが、なぜ、水温が高くなったのか。アメリカ海洋気象局は、上に紹介したように、最近、ハリケーンの数が増加していることを指摘しているが、地球温暖化の影響だとは言ってない。アメリカの政治家はこの言葉を利用しているとしか考えられない。「地球温暖化――赤道海面温度の上昇――強い熱帯低気圧の発生・発達」という過程は台風などの熱帯低気圧の発生・発達には影響があると、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)のレポートには、はっきり書いてある。遠因ながら地球温暖化が原因ならば、京都議定書をまとめた国である日本が、マスコミの力を借りてこれを取り上げ、世界にアッピールする必要がある。アメリカの被害を復興するのは世界中の人たちなのだから。


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