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風を歩く

No.27

2006.06.19

吉野正敏

ケニアの風

 サハラ砂漠や、その周辺、特に北アフリカの“シロッコ”、“ギーブリ”、“ハブーブ”などは、強い砂あらしをともなう風として、日本でもよく知られている。しかし、広大なアフリカ大陸の中の地域的な風について、われわれ日本人の知識は、正直に言って、非常に少ない。
 今回は東アフリカ、ケニアにおける風の一端を紹介したい。ケニアの気候について書いてある本を見ると気温や雨のことは書いてある。(1)赤道地方としては雨が少ないこと、(2)11-3月は北東季節風、5-9月は南東季節風が吹き、この両者の交代期が雨季で、年降水量は750mmくらいであること、(3)首都ナイロビ(南緯約2.5度、東経約37度、海抜約1600m)の年平均気温は18.5度Cで、熱帯としては快適な気候であること、(4)風に関する資料はほとんどないが、年平均風速は毎秒2m以下らしいこと、などである。日本の例で言うと、年平均風速が2m以下という地点は、非常に風が弱いところで、むしろ、めずらしい地点である。
 要するにケニアでは、温帯のように高気圧・低気圧の去来がないし、台風のような熱帯低気圧も来ないので、風は一般的に弱い。局地的に、大きな湖の周辺では湖陸風、東部の海岸地方では海陸風が、1日周期ではっきりと発達する。このようなことが、日本で手に入る文献からはわかる。
 ここで紹介したいのは、アフリカ大地溝帯(アフリカのリフトバレー、African Rift Valley)の風である。ドイツのライン地溝帯などより規模が非常に大きく、アフリカ東部を南北に縦断する大地溝帯なので、ここではどうなっているのか。大地溝帯はエチオピアからルドルフ湖に連なる系列と、タンガニーカ湖からニアサ湖に連なる系列が雁行状に配列していて、この大地溝帯の内と外の高度差は数百mから2,000mに及ぶ。アフリカ東部の大きな湖はこの地溝帯の中にあるものが多い。リフトバレー(Rift Valley)とは、プレートテクトニクスでは大規模なひっぱりによる割れ目をさす。長さ(約5,000km)に比較して幅が狭い構造的な凹地のことである。だから、ライン地溝帯はリフトバレーと呼ばない。地上の風はもちろん地下の構造とは関係ないが、地球上ではめずらしい大地形の谷間で風がどうなっているのか、興味がある。
 さて、このようなリフトバレーの中に位置する観測点ナイヴァシャ(Naivasha)の年平均風速は午前9時に毎秒1.4m、午後の15時に毎秒3.3mである。この1地点のデータだけで全てを推測するのはむりかも知れないが、午後には谷(大地溝帯)の走向に沿う方向の風が発達することがわかる。大きな深い谷の中は日中、風がよく吹き乾燥している。これは、ヒマラヤや雲南の大きな谷の谷底ではサバンナなどの乾燥地域の植生が発達し、周囲の山地斜面における湿潤地域の植生とはきわだった差がある。この現象の詳細は、ヒマラヤの谷についてドイツの植生地理学者シュバインフルトが1957年に作った地図で明らかになった。雲南に関しては1979年にでた中国の植生地図で明らかである。

(写真1)大地溝帯内の低地の乾燥植生。(左)モクマオウの偏形樹、グレード1。(右)ユーフォルビア・インゲンス。 カリアンドゥシ先史遺跡付近にて 1998年9月5日、吉野撮影

(写真1)大地溝帯内の低地の乾燥植生。(左)モクマオウの偏形樹、グレード1。(右)ユーフォルビア・インゲンス。 カリアンドゥシ先史遺跡付近にて 1998年9月5日、吉野撮影©

 (写真1)はナイロビの近く、カリアンドゥシ(Kariandusi)先史時代遺跡の付近で撮影した。(左)モクマオウの偏形樹、風がややよく吹くこと示す。(右)はサバンナ特有のトウダイグサ科のユーフォルビア・インゲンス[Euphorbia ingens E. May, 日本名では大型沖天閣(ちゅうてんかく)と訳す]である。幹の下部は木化し、上部は数百に枝分かれし、空にむけて放射状に伸びる。幹の直径は50cm、高さは10mにもなる。枝を多肉化させて水分を貯え、乾燥に耐える。

  このように大地溝帯の中では、風は強くはないが日中発達し、そのため乾燥している。その乾燥の理由は、(1)風が吹く時に物体から水分を奪うため、(2)大きな谷(ここでは大地溝帯)の両斜面を上昇した気流が斜面上部でそれぞれ反転し、谷の中央部で下降気流となり、この下降気流は乾燥しているためである。大地溝帯の縁で風当りのよいところでは、少し強くなる。(写真2)は大地溝帯をよく眺望できる地点(海抜約2,400m)で、眺望がよいことは風当りもよいことを意味する。

(写真2)アフリカ大地溝帯を眺望する地点、海抜約2,400m。 1998年9月4日、吉野撮影

(写真2)アフリカ大地溝帯を眺望する地点、海抜約2,400m。 1998年9月4日、吉野撮影©

(写真3)上記の眺望台近くの偏形樹群。 1998年9月4日、吉野撮影

(写真3)上記の眺望台近くの偏形樹群。 1998年9月4日、吉野撮影©

 夕方、日没ごろになってこの地点に行ったので暗い画面になってしまった。(写真3)はここの周辺の偏形樹群である。これまでの世界の観察例をまとめた偏形度(グレード)から平均風速を推定する(吉野、“風の世界”東大出版会、1978、p.83)と、グレード3ならば毎秒5―6m、グレード4ならば毎秒6―7mである。この推定がここでも当てはまるとすれば、この展望台付近の平均風速は毎秒約6mであろう。谷底の平地と比較すればかなり強い。見事な偏形樹群だが、しかし、短い滞在期間内、ケニアで見たのはここだけであった。

 結局、ケニアでは、日中、大地溝帯の中で走行に沿う風向の風が毎秒3m以上に発達し、乾燥している。大地溝帯の斜面の縁で、風当りのよいところでは、毎秒6―7mまで発達する。しかし、“風のくに”から来た日本人にとって、一般的には「風は強くない」というのが実感である。


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