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風を歩く

No.39

2006.12.04

吉野正敏

尾呂志(おろし)

 関東では赤城おろし、榛名おろし、筑波おろしなど、歌になり、また、小説・ドラマ・芝居の舞台に登場して、よく知られている。名古屋付近では伊吹おろし、鈴鹿おろしなど、関西では六甲おろし、比叡おろしなど、九州では宮崎県都城付近の霧島おろしなど、数えあげれば、おびただしい数になろう。ただし、日本では山の名を必ず前につけて呼ぶ。気象学的には、正確にその山頂の方向から吹いてくるわけでは必ずしもない。冬型の気圧配置で冬の季節風が山麓から平野部で吹くとき、その乾いた強い風を、山の名をつけて“○○おろし”と呼ぶ。いわば、その付近にすむ人びとの生活に結びついた呼び名である。

(写真1)(上)風下側の「尾呂志」集落から見た風伝峠(ふうでんとうげ)の地形。“おろし”は画面の奥から、手前に吹き降りてくる。 (下)風伝峠のバス停留所。

(写真1)(上)風下側の「尾呂志」集落から見た風伝峠(ふうでんとうげ)の地形。“おろし”は画面の奥から、手前に吹き降りてくる。
(下)風伝峠のバス停留所。

 「おろし」の英語はフォールウィンド(Fall wind)、中国語は「風を歩く38 台湾の風」にも書いたが、落山風(ルオシャンフェン)である。山の固有名詞は特にはつけない。しかし共通しているのは、山脈を横切って風下側に降りてきた気流が、山麓からそれに続く平野部で地面にぶつかり跳ね返る部分で強い風となることである。降りてくる風だからフェーン現象で乾いており暖かいことが多い。「風を歩く19 風枕」に描いた模式図を参照していただくとよく理解できるであろう。

 今回、紹介したいのは、漢字で尾呂志と書くめずらしい地名のところで、もちろん日本ではここだけである。気象学的には上の例と同じで、冬の季節風が吹く気圧配置のとき、紀伊山地から熊野灘に向かって吹き降ろす風が特に強く吹くところに位置する。新宮市の北北東約10kmの阿田和で熊野灘に流れ込む尾呂志川の上流部に、この尾呂志と呼ぶ集落がある。阿田和の北西方向、直線距離で約8kmのところで、さらに北西約2kmのところに風伝峠(ふうでんとうげ)がある。(写真1)上はその峠の地形で、画面の奥から手前に風が吹き出す。下は風伝峠のバス停である。

(写真2)「尾呂志」集落の民家。 以上、いずれも1986年9月25日、吉野撮影©

(写真2)「尾呂志」集落の民家。
以上、いずれも1986年9月25日、吉野撮影©

この峠から、11月から2月に強い北西の風が吹き出す。この時、霧もいっしょに峠から流れ出す。水平距離で約2km、高度差で約50m下まで達する。この霧は峠の反対側(風上側)、つまり、写真の奥のほうで発生したもので、地形性の上昇気流に発生する。フェーン現象の一つの指標である。このようになると、尾呂志の集落では強風が吹く。
 尾呂志の集落には2階家はなく、(写真2)に見るように屋根は低く、家々の風上側には厚い石垣がひさしまで達し、強風から家々を守っている。

 尾呂志の集落のなかでも、局地的に風が弱いところがあり、そこに役所(やくそ)という部落がある。記録によれば、尾呂志の集落は初め大和から派遣された入鹿・竹原氏の支配下にあったと言われ、その後、同族の尾呂志氏が加わったといわれる。文献に尾呂志氏の名が出てくるのは、長享2年(1488年)が初めてであると言われる。その尾呂志氏の城跡は現在もあるが、局地的には風当たりの強い位置にある。この3人目に地頭としてきた人は大和から派遣される前から尾呂志氏を名乗っていたというなら、風にもとずく“おろし”とは関係なくなるが、私の推察では、この土地にきて、風の強い位置に城を築かねばならなくなって、尾呂志を名乗ったのだろうと思う。風伝峠やおろしの地名がさきにあったのではなかろうか。尾呂志は万葉仮名に由来するのかとも考えられるが、専門家の意見を聞いてみたい。とにかく、日本の古代文化の中心地に近いここだけに尾呂志という地名が残っていて、関東・東北はもちろん、関西にも九州にもないというのは、おもしろい。
 風伝峠の風伝の語源は二説あり、その第一は風顛(ふうてん、風が狂うこと、つまり、風が強いこと)か、風殿かであると言う。いずれにせよ「風が強い」・「風がよく吹く」ことに結びついている。その第二は次のような解釈である。この峠は熊野三山への往来に使われた。その際、御神体を移すのに「ホーレン」(屋根の上に金色の鳳凰をつけたみこし)をかつぐ。この峠で「ホーレン」をおろして休んだので、ホーレンがなまって風伝になったと言う。しかし、休憩したのは、この峠だけではあるまい。どうして、ここだけこの名が残ったのか、理由付けはむずかしい。わたくしは、第一の説をとりたい。


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