風を歩く
No.8
2005.09.26
吉野正敏
屋根と「風雨」
東アジアから東南アジアは、台風など熱帯低気圧が活躍する世界有数の強風地域である。毎年かならずどこかに強い台風がやってきて、人びとの生活をおびやかす。さらにぐあいの悪いことに、近年は強い熱帯低気圧の数がふえてきているようだ。
風だけならば、防風林とか、防風垣など、対策の立てようもあるが、雨がいっしょに降ると始末が悪い。アジアの多雨地域の雨は、1時間に数十mm、ときには数時間に100mmを越すのだから、世界のたいていのところの1年分の雨が、強い風とともに集中して短い時間のうちに降る。“風雨をしのぐ”という言葉が日本にはあるが、これは「悪環境に耐え忍ぶ」というニュアンスが強く、受身の生活感情の原点のようにも思われる。しかし、現実はもっと厳しく、東アジア・東南アジアの人びとは、断固としてこの悪環境に立ち向かい、住む家々は強風に対して頑丈、同時に強い多量の雨を処理できる屋根や腰まわりをもっていなければ、生活を保てない。そこで、いろいろな工夫をして、生き抜いてきた。風雨対策を考えた屋根を分類すると、次のようになろう。
1) | 瓦・板・樹皮・トタンなどで葺いた屋根の上に、石・コンクリー・レンガ・古タイヤ・倒木・など、重量のあるものを置く。石置き屋根は、日本はもちろん世界中にその例がある。 スロベニアのボラの強風地域では最近はレンガの形をした少し大きなコンクリー塊を製造し、それを瓦屋根にのせて美観を整えている。古タイヤなどをのせる光景は、発展途上国では今でもよく見られる。 | ||
2) | 瓦と瓦の隙間を白漆喰、セメントなどで固める。沖縄の家の赤レンガと白漆喰のみごとなコントラストは日本人が誇る景観の一つである。伊豆半島南部、房総半島南部などでは黒瓦だが、白漆喰との調和が映えている。 | ||
3) | 竹・板・角材・金属板・ゴムひもなどで、板・樹皮・トタン・茅・藁などで葺いた屋根を抑える。さらに、ひさしの端はワイヤーで地上に置いた重しの石と結び、屋根が飛ばないようにする。(写真1)は台湾の南端の例である。このほか、韓国の済州島の茅葺き屋根をゴムひもで十文字におさえた家は独特である。
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4) | 瓦葺きの屋根の葺き方自体に耐風構造を考える。例えば、ひさしに近い部分は風で飛ばされやすいので、かざりをかねた補助の縦棟をくわえるなど。 | ||
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妻の部分に大きな雨よけ板をつける。日本では西南日本の海岸部に多い。(写真2)は韓国の例。日本ではこの写真ほど立派なものは少ないが、一般の住家にみられる。装飾化している場合も多い。 (写真2) 韓国のソウルにある奉恩寺。みごとな妻の部分の雨よけ。すでに建築の様式になっている。 (2000年8月16日吉野撮影 ![]() | ||
6) | 壁の部分に「水切り瓦」とよぶ小さい補助の屋根をつける。西南日本の太平洋側に多い。強い風雨を処理するためのものであることがわかる。類似のものは太平洋岸にそって房総半島の南部まで見られる。 |
それぞれ、地域性があるので、地方ごとの景観要素としての価値が高い。そして、何よりも、それぞれの地域で長い間、多量の強い雨、激しい風と闘ってきた人びと歴史の賜物として、大切に引継ぎ、次の世代に受け渡してゆかねばならない。