風を歩く
No.44
2007.02.12
吉野正敏
難読地名 ―風合瀬(かそせ)―
日本には駅員泣かせの難読駅名が幾つかある。このごろは、何でもコンピュ―タに入っているから問題はないかも知れないが、むかしは大変だったという。地名からきている場合は、土地の人びとには読めるが、よそ者には読めない。何と読んだらよいか、困りはてる。『みどりの窓口』で確かめたことはないが、時刻表についている索引地図にも、もちろん時刻表にも、ふりがなはついていないから、“かそせ”といっても“風合瀬”の漢字には結びつかないであろう。
青森県の五所川原と秋田県の東能代を結ぶ五能線の途中に深浦というところがある。深浦から、鯵ヶ沢(あじがさわ)、五所川原にむかって12―13kmのところに、風合瀬がある。(図1)を見ていただければ、日本海に面した海岸で、ブナ林で有名な白神山地の北西部で津軽国定公園の南部に位置することがわかるであろう。
この“かそせ”の読み方の由来についての考察はいくつかある。『かざ-あう-せ』-『かぜおうせ』-『かぞせ』-『かそせ』と変化したのだろうという解釈が最も説得力がある。これは筆者の[気候地名集成](古今書院、2001)にもふれた。
(写真1)は風合瀬付近でみた標示板のひとつである。風合瀬の集落は、海岸に沿う段丘面の上にあり、周囲には水田が広い。その段丘崖の下、日本海の海岸は、風合瀬海岸と呼ばれ、観光地になっている。
ではどうして、ここで風が合うのか、風がぶつかるのか。(図1)を見ると、黄金崎から大戸瀬崎までの間は、水平的に見れば日本海に突出しており、垂直的に見れば背後に白神山地がある。したがって、北西ないし西の冬の季節風のとき、この付近の風は局地的な地形の影響を敏感に受けやすいように思われる。
少し大きい地域スケール、すなわち、本州の東北地方の地形を見ると、秋田県の付近では、日本海岸はほぼ南北に走る。日本海岸にそって北上する沿岸の暖流が、冬の季節風に及ぼす影響は山形県から秋田県へと次第に弱くなるが、深浦付近までは、はっきりしている。例えば、冬の積雪によって極端な寒さから守られたツバキやタケなどの暖帯性の植物の分布の北限は深浦付近である。その北限の位置をきめているのが、黄金崎から大戸瀬崎の突出した地形なのではなかろうか。この北限にかかわる風の流れは局地的には単純ではなかろうが、“風が合う”という語で表現されるような、風のぶつかり合いが関係していることは間違いなかろう。
(写真2)は夕陽に映える風合瀬海岸である。一枚の写真画面に収まるような狭い範囲の地形の影響ではないが、この付近で風がぶつかるのかと想像しながら、シャッターを切った。この付近は夕陽が美しいので、観光客には有名である。