風を歩く
No.37
2006.11.06
吉野正敏
風地名
気候を表現する地名、たとえば日照・日射条件を反映する地名として、日向(ひなた)・日影(ひかげ)がある。気候の中でも風を反映する地名もわが国では多い。“風を歩く 34”に「風返り峠」・「風越し峠」を書いたが、これはある地形のところの風の状態を表わす地名である。その峠を行き来する人たちがつけた呼び名がその峠の名となったものである。
それと同じように、人間が住んでいるところ、すなわち、集落名とか小字(こあざ)名などに風条件を示す地名がある。風地名については、筆者の「気候地名集成(古今書院)」に詳しく紹介したが、強い風を表現する地名に、風吹山(かぜふきやま)、風穴(かざあな)、大風畑(おおかぜばた)などがある。風無(かぜなし)、風無野(かぜなしの)などは、風が吹かない場所ではなく、逆に、いつも強いので、風がないことを願ってつけられた地名と言われている。(写真1)は強い風がよく吹く場所、風林(ふうりん)の例である。岩手県の小岩井駅の近くにあり、岩手山の南麓にひろがる緩やかな広い斜面に位置し、西風が強い。「風林」が小字名として成立し、その近くの集落内をながれる川に風林橋(写真1)という名の橋がある。
風の内容を示す地名としては、東風石(こちいし)、東風泊(こちどまり)、南風泊(はえどまり)などがある。(写真3)に示す千葉県鴨川市の北風原(ならいはら)はその1例である。ここは房総半島南部の丘陵地帯の中ではやや広々とした平坦面があって、冬の季節風時には風が強いので、この名がついたと考えられる。
風の文学的表現の地名として、京風(きょうふう)、天風(あまかぜ)、木風(こかぜ)などがある。上述の風林は、「風林火山」という言葉があるように、文学的表現にもはいるかも知れない。
風地名の中には、風の文字がなくても、吹原(ふきはら)、吹浦(ふくうら)など、吹くという文字で風が強いことを表現する場合もある。(写真4)は鴨川市の丘陵地帯にある小字名「吹原」を示す表札である。ただし、日本では、“たたらを吹く”というように、たたら集落に関連した地名に起源をもつ場合もある。あるいは、“水が噴出す”場所の場合もある。“ふく”だけで、“風が吹く”と決めつけると、誤ることがあるので注意が必要である。
石川県の南部、岐阜県と福井県に接する山村に、白峰(しらみね)がある。加賀の白山山麓にある集落で、深い谷の中にある。白峰の南東約1.5kmに「風嵐」(現地の人たちは、かざらし、とよぶ)がある。ここには白山おろし・御前おろしとよばれる強い東風が谷間を吹く。そこにかかる風嵐橋(かぜあらしはし、と平仮名で書いてある)があって、風が強いことが地名になっている好い例である。