風を歩く
No.10
2005.10.24
吉野正敏
3,300年前ころの風の予報
今から約3,300年前ころの殷墟甲骨文(いんきょこうこつぶん)として、商代の人びとが亀の甲に卜(ボク、うらない)を記録した結果が中国に残っている。商代人は毎日かかさず何事も必ず問い、占いを行った。卜とは、そもそもは亀の甲を焼いてそのひび割れをみて吉凶を判断する占いのことであった。しかし、甲骨文は亀の甲羅やけものの骨に文字で刻み込んだもので、記録としての価値が高い。
占いの言葉(卜辞)の中には気象に関するものがあり、その内容も豊富である。当時の人間生活・生産活動に及ぼす気象の影響などを知ることができる。最近、中国では甲骨卜辞による気象学史の研究がさかんである。2004年に中国江蘇教育出版社から刊行された「中国三千年気象記録総集(張徳二主編)」には、紀元前13世紀から紀元前11世紀の商代の345例の気象に関係する卜辞が原資料の写真をつけて解説されている。以下、それをよりどころとして、整理した結果を紹介しておきたい。
気象に関係した卜辞は345あり、12種類に分類される。すなわち、(一)風、(二)雲、(三)雷電、(四)雨、(五)固体降水、(六)晴、(七)曇、(八)視程、(九)光象、(十)季節、(十一)一日内の天気変化、(十二)多数日の天気変化である。今日の公式の気象観測法による予報とほぼ同じに分類できることは驚きに値する。
この12種類の中の風について、どのような風の状態を捉えて卜辞にしているか、少し詳しく調べてみよう。
紀元前13世紀から11世紀の273年間に風に関した卜辞は合計57例ある。ほぼ、6分の1の数である。その内訳は(表1)のとうりである。風が吹くか吹かないか、強弱はどうか、おだやか(心地よいか)どうか、が最も関心事で必要な情報であったことがわかる。その次に興味あるのは、局地性すなわち高い山脈から吹き降りてくるかどうか、それぞれの土地に固有の風を占うことが重要であった。また、風の局地名(風神名)、局地風の地方名、などがやはり関心が高かったことが読み取れる。このように、占いの対象、関心の内容は三千数百年たった今日の天気予報にもそのままあてはまる。もちろん、内容の詳しさ、予報精度は進歩しているが、テーマとしてはほとんど変っていないことは注目すべきであろう。
甲骨文の気象記録(日本語訳) | 気象記録345例中の出現数 |
(1)風、または、風あり | 8 |
(2)局地的な風、高い山脈からの風 | 7 |
(3)風なし | 9 |
(4)おだやかな(心地よい)風、または、おだやかでない(心地よくない)風 | 7 |
(5)風が吹いてくる方向、その方向の風神名・風の名 | 6 |
(6)弱い風、強い風 | 7 |
(7)暴風 | 4 |
(8)長引く風 | 3 |
(9)風による災害 | 6 |
合計 | 57 |
原資料を1、2紹介しよう。(図1)は“風が吹くか、吹かないか”と言う最も簡単な例である。解釈文は「巳酉風。十月」で、「10月の巳酉の日には風が吹く」と言う予報である。
(図2)はほぼ完全な形の亀の甲羅が残っている例である。一つ一つの訳語は省略するが、東西南北別に風神の名、風の地方名を記述している。長期予報と言うよりも、局地風に関する気候学的な記述と言えよう。