温暖化と生きる
No.11
2010.06.09
吉野正敏
夏の酷暑化とヒートアイランド
ヒートアイランドの夏と冬、昼と夜
近年の都市気候でいちじるしい現象はヒートアイランドの発達する季節の変化と昼夜の入れ替わりである。19世紀以来、顕著なヒートアイランドが主としてヨーロッパの都市における観測結果によって報告された。20世紀になって欧米はもちろん、日本などでも気象台・観測所などの観測結果によって確認された。ヒートアイランドについては連続エッセイ“異常気象を追う”[13]でも触れた。
ヒートアイランドは、昔から1950-1960年代まで、晴れた穏やかな夜が明ける頃、すなわち、日最低気温が出る頃にもっとも発達した。1970-1980年代までに発行された教科書や総合報告にはそのようにまとめられていた。季節は夜が長く、暖房を使う冬がはっきりしており、また、月平均気温でとらえるヒートアイランドは高気圧に覆われら回数が多い季節(月)ほど都市内外の気温差は大であった。日本では晩秋から冬がその季節である。
昔でも、ヒートアイランドは日中にも出現したし、夏にもあったが、発達の程度は弱かった。ところが20世紀も後半になり、第2次大戦後の疲弊した経済状況は次第に好転しさらに高度成長期にはいると工業化・都市化が急速にすすみ、化石燃料の消費量が増え、二酸化炭素や大気汚染物質が都市大気を汚した。自動車交通、工業活動など、いわゆる人間活動は日中に盛んとなり、建築物の増加による地表面の変化による昇温は暖候季に激しかった。このような都市内の高温化傾向は地球規模の温暖化傾向に加算される。連続エッセイ“異常気象を追う”[9]には“熱波・猛暑”、同じく[11]には都市における“異常高温”を紹介したので、読んでいただければ幸いである。
地球規模の温暖化に加えて、地域的・局地的な都市の影響で上昇した温度環境下でわれわれは生きてゆかねばならない。その意味でも夏の暑さにおけるヒートアイランドの特質について、正しい知識を持つことが大切である。今回は中国の西安を例にとって述べたい。
中国の古都、西安のヒートアイランド
中国の西安は唐代には長安とよばれ栄えた、古い都である。日本人遣唐留学生であった井真成の墓誌が2004年に市内で発見され、日本で話題になった。人口は830.54万人、うち、市区人口は423.5万人(2007年)で、市区の面積は1,166平方kmである。位置はほぼ34°16′N,108°57′E,海抜は約405mである。
(図1)西安の非農業人口と気温変化、1951-2006年(高ほか、2009)
(図1)は1951年から2006年までの年平均気温の変化(実線)と西安市における非農家人口の推移(点線)を示す。1950年代から1980年代まで、気温は年年の変動があり、かなりの波はあるが、10年スケールにみれば長期的な変化傾向ほとんどなく、横ばいである。しかし、1980年代半ばから次第に上昇し、特に1993年以降2006年はそれ以前の時代とはまったく異なる上昇傾向を示す。1990年代から2000年代の半ばまでに約2℃の上昇である。一方、人口も年々増加し、時代的な変化傾向は年平均気温の上昇傾向によく対応している。なお、図は省略するが、この西安(市内)の気温上昇は郊外の3地点と比較すると約2倍である。結局この(図1)から、人口の集中による人間活動の活発化がさまざまの過程を経て気温上昇を招き、市内にヒートアイランドを形成していることが理解できる。
ヒートアイランドの季節変化
上に述べたように、欧米の都市ではこれまでは寒候季に明らかであった。日本の都市でもそうであった。しかし、それが最近、様変わりしているのである。1993年から2006年に至る西安におけるもっとも激しい気温上昇率の期間、西安(市内)と郊外(3地点の平均)における上昇率を比較すると、(表1)のとおりである。
(表1)西安の季節平均気温(1971-2000年)と、西安および郊外3地点平均の気温上昇率(1993-2006年) |
西 安 | 郊外3地点平均 | ||||
季節平均気温(℃) | 上昇率(℃/10年) | 上昇率(℃/10年) | |||
冬 | 6.5 | 0.75 | 0.26 | ||
春 | 20.9 | 2.20 | 1.50 | ||
夏 | 31.6 | 0.52 | 0.16 | ||
秋 | 19.0 | 0.84 | 0.31 | ||
この表からわかるように、春の上昇率がきわだって大きい。西安市内では10年に2.2℃の率で上昇しているとはちょっと信じられないほどである。郊外3地点の平均でも1.5℃であった。
なぜ、春かの理由を説明することはむずかしいが、中国の研究者は雲量の影響と考えている。すなわち、くもりの日が多い月や季節にはヒートアイランド発達が抑えられるので上昇率は小さく、晴れた日が多い月や季節には上昇率は大きくなるのだと言う。とすれば、この月や季節変化は日本ではまた違った状況になるであろう。
(図2)西安(市内)と郊外3地点の月別気温上昇率(℃/10年)の変化(高ほか、2009)
(図2)は西安(太い実線)と郊外3地点における気温上昇率の月月変化を示す。3月を極大として2-4月に大きな山がある。特に西安の極大は顕著である。
ヒートアイランドの経年変化
西安の市内と周辺の地点との気温差をヒートアイランド強度とここでは定義して、少し話をする。取り上げる周辺の3地点とは、(1)長安、チャンアン, Chang’an :(2)陽、チンヤン、Jingyang:(3)藍田、ランティアン、Lantian である。(図3)はヒートアイランド強度の経年変化を示す。すなわち、(図3)(上)は西安―長安、(中)は西安―陽、(下)は西安―藍田の最近50年の経年変化を示す。
(図3)西安のヒートアイランド強度の経年変化(高ほか、2009)
この(図3)によると、この期間、次第にヒートアイランド強度は大きくなってきたが、1980年ころからさらに明らかになり、1993年ころから急に大きくなった。最近十数年のヒートアイランド強度はきわめて大きい。
図3(中)の陽は西安市の北北西約30 kmに位置し、郊外3地点の中では比較的安定してヒートアイランド強度は年平均で約1℃である。この値は上述のように、春にはさらに大きい。酷暑は夏には当たり前、昔の春はなくなり、3月・4月には夏の暑さに見舞われるようになるかも知れない。
[参考文献] 高 紅燕ほか(2009):地理学報、64(9)、1093-1102