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温暖化と生きる

No.48

2011.11.09

吉野正敏

タイの洪水(1)

2011年のタイの洪水

 2011年、タイでは7月末から洪水が発生し、アユタヤの世界遺産の社寺群や工業団地が浸水する被害が出始めた。日本では、東日本大震災の復興に向けた報道が急務で、しかも多量で、タイで発生していることまで十分には報道されなかった。やむをえないことでもあった。
 10月上旬になってやっと注意が払われるようになった。このころ現地ではすでに洪水被害は近年にない大きなものになっていた。17世紀に建設された「ワット・チャイワッタナラーム」が約2mも浸水、古都アユタヤにある51の歴史建造物や遺構が浸水する被害が出た。10月5日、県は全住民に避難を勧告した。
 アユタヤ郊外のサハラタナナコン工業団地では10月4日には43社、6日にはロジャナ工業団地では235社、ハイテク工業団地では111社が閉鎖を検討した。いずれも、日系企業が約8割を占める。ナワナコン工業団地では10月5日以降工場は次々に操業を停止した。ナワナコン団地の南約12kmには約50社が集まりその約半分が日系企業であるバンカディ工業団地がある。タイ政府は10月18日の段階で14,000以上の工場が浸水し、66万人以上が一時職を失ったと発表した。
 タイを生産の拠点とする日系の自動車メーカーの被害は深刻で、工場が浸水する、部品が届かない、輸出が止まるなど、トヨタ・ホンダ・日産・いすゞ・三菱・マツダなどで影響が大きかった。精密機器業界にも影響は大きく、キャノン・ニコンなどで生産を止めた。
 (図1)aはタイ・カンボジア・ベトナムなどの位置、bはチャオプラヤ川に沿う工業団地の位置、cはバンコク東方の団地・空港の位置を示す。


(図1)タイの2011年洪水地域。(朝日新聞・日本経済新聞の地図を合成)
a:タイ・カンボジア・ベトナムの位置。
b:チャオプラヤ川に沿う工業団地の位置。
c:バンコク東方の団地・空港の位置。

 この図を見れば、チャオプラヤ川の下流に地域的に集っていたことが、被害を大きくした原因の一つだと言えよう。尚、次いで2011年の洪水はメコン川の盆地地域でも発生している。

気象学的な原因は?

 2011年7月、雨季に入って北部・東北部タイで豪雨が相次いだ。9月の降水量は東北タイのノンカイ(Nong Kai)で574mm、北部タイのウッタールディット (Uttardit)で501mm、東部タイで1,447mmであった。9月としては例年より40-46%多雨で、過去50年の最多であった。ラ・ニーニャ年には東南アジア・タイではモンスーン季には多雨の傾向であるが、2011年はそれが顕著であった。
 タイ周辺の海域の海面水温は例年より0.3℃高く、大気は多湿となり、多雨の傾向を助長した。9月末には熱帯低気圧“ハイタン(Haitang)”、台風“ネサット(Nesat)”が来てカンボジアでは183人、ベトナムでは18人、ラオスでは30人の死者が出た。このような熱帯低気圧や台風による豪雨・多雨がタイの今回の洪水の大きな原因の一つと考えられる。
 このような降雨の結果、上流部のダムが早々と満水になった。そこで、降雨が続いているにもかかわらず決壊を防ぐため、多量の放水を行った。その多量の水がチャオプラヤ川に集中した。

タイの洪水はよく発生するか?

 タイでは「洪水がどの地域にどのくらいよく発生するか」、現地に進出した日本の企業は事前に洪水に関する調査をよくしていたのだろうか。今回の被害の大きさをみて、筆者自身、東南アジアの気候・気象に関心を持ち、タイの米作と降雨の関係などの研究もしてきた者として、頭をかかえこまざるをえない。正直なところ、今回、初めて私はタイの洪水に関する勉強をした。データは少ないが(表1)に1900年以来の1位から10位までの自然災害による被害額をまとめた。

(表1)1900年以来のタイにおける1位から10位までの自然災害とその被害額*

災害期日被害額(億ドル)

1洪水2011年9-10月60.00**
2洪水1993年11/2712.61
3地震2004年12/2610.00
4低気圧1989年11/34.52
5干ばつ2005年1月4.20
6洪水1993年12月4.01
7洪水1978年8月4.00
8洪水1984年1/194.00
9洪水2010年10/103.32
10洪水1993年10/313.19

*Centre for Research on the Epidemiology of Disasters (CRED)による。
**10月における暫定値。

 この表を見れば、自然災害の中で洪水は非常に高い頻度で発生している。今回の被害額は第2位を大きく引き離した極めて大きな額に上っている。この60億ドルは10月現在の暫定値だから、11月・12月には、さらに大きな値になろう。
 日本でも洪水は頻々と発生する。しかし、1ヶ月もそれ以上も浸水しているということはほとんどない。地形、河川勾配、ダム設計、堤防設計、排水施設など、いろいろな条件が日本とタイでは違いがあろう。
 2011年の洪水は現地の人たちですら、未経験の大きな規模の洪水であったことは確かであろう。しかし、日本企業は現地で仕事をしているのだから、“外国の話”ではすでになくなっている。強い関心を持たねばならない。

地球温暖化と洪水の頻度

 上の表を見ると、洪水が第1位から第10位までの7つを占めている。物価は上昇しているから、同じ被害でも、今年に近いほど被害額は大きくなる。しかし、それにしても洪水は極めて明瞭に大きい頻度である。
 ところで、(表1)はタイ全国をまとめてみた統計である。いま、ここでタイ北東部のソンフーラム川(Songkhram River)下流盆地で気候リスクの脆弱性を農民の聞き取りによって(UNDP-IUCN-MRC GEF共同のプログラムとして)調査した結果を紹介したい。2011年のバンコク周辺の洪水地域からは外れているが、上記のように、大きな降水量と洪水・干ばつによく見舞われる地域である。そこで人々は近年、洪水は多くなっているか、少なくなっているか、どのようにとらえているかなどの調査は得がたい。
 (図2)は過去10年間における洪水の傾向を、1:ひどくなくなってきている、2:同じ(変化ない)、3:ひどくなってきた、4:わからない、の4種類の質問として、3つの村で聞き取りした結果を示す。


(図2)農民からのききとりによる過去10年間における洪水の傾向。
左から1番目:ひどくなくなってきた、2番目:同じ、3番目ひどくなってきた、4番目(最右):わからない。
図中の黄色い棒はバンナドクマイ村、赤色はバンカ村、茶色はバンパクヤム村。数字は%。

 洪水の程度は明らかにこの10年間に弱くなってきていると感じている。次いで、(図3)に示すように、洪水の発生頻度はどう変化してきていると感じているかの統計結果を示す。


(図3)農民からのききとりによる過去10年間における洪水の頻度。
左から1番目:少なくなってきた、2番目:同じ、3番目:多くなってきた、4番目(最右):わからない。
図中の薄黄色の棒はバンナドクマイ村、水色はバンカ村、紺色はバンパクヤム村。数字は%。

 この(図3)でも、少なくなってきていると感じている農民が圧倒的に多い。発生頻度が多くなってきていると感じている農民は、発生頻度が少なくなってきていると感じている農民の半数以下である。
 この(図2)と(図3)の結果と(表1)の結果を合わせて考えると、一般には、洪水の回数は減少し、弱くなってきたが、数十年に1度というような時間間隔で、非常に深刻な洪水が発生する。その時には浸水期間も長く、大きな被害を生じる。
 地域的に集中すると、その地域ではダムの放水計画・水門の開閉計画・堤防補強計画などに対する政治的圧力・住民運動・外資系の企業保護・工業団地保護などの課題が発生する。一方では農民(大きな川の沿岸では漁業もおこなっていて、洪水による被害が大きい)などの地域住民の生活維持の課題が発生する。これらを考慮しなければならない。

[引用文献:Vulnerability Assessment of Climate Risks in the Lower Songkhram River Basin, Thailand. A Publication of the Mekong Wetlands Biodiversity Conservation and Sustainable Use Programme. MWBP, Vientiane, Lao PDR, 23 pages, 2005.]


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