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温暖化と生きる

No.10

2010.05.26

吉野正敏

植物季節の変調

春は早く、秋は遅く来る

 “風薫る五月”という言葉は日本人の春の季節感の一つの大きな柱であった。いや、むかしはそうだったが、この頃の5月は気温だけから言うと夏の始まりで、“初夏の候”の感じが強い。
 今年の春、低温が少し続いたので、野菜の育ちが遅れ、異常な高値となった。と思っていたら、5月になって夏日がよく現れ高温が出現し、野菜の成長は持ち直し、市場での取引は安値になった。スーパーマーケットなどでみる葉ものなど、少々伸びすぎですらある。
 このような成育の変動と気候・気象環境との関係を解析するには、気温だけを捉える温度計よりも、降水や湿度などの水分条件、晴天日や曇り日などの日照・日射条件も加えて捉えた植物計が示す環境の方がよいという考えが古くからある。植物季節は植物計の一つで、植物の成長の段階・速度・期間などをよく捉え、表現する。こういう研究が、欧米、特にヨーロッパで、植物生態学・植物気象学の一分野として19世紀に芽生え、20世紀の前半以来、日本を含めて進んだ。サクラの開花・満開については、この連続エッセイ[6]に書いたので、参考にしていただければ幸いである。
 ところで、日本でこれまで研究が進んでいるのは、サクラの開花日・満開日など特定の季節現象の長年の記録の分析であった。言いかえれば、なるべく、(1)統一された観測方法による、(2)多数地点における、(3)特定の季節現象の、(4)長年の記録解析が、主目的であった。これは、地球温暖化の影響を調べるのには非常によいデータを提供した。
 植物季節の変調は、農作物の成育に直接影響するので、食糧問題にかかわる。単なるリクリエーションや観光業ばかりでなく、人間の健康にもかかわる深刻な問題と関連がある。しかし、定量的に把握できる物理過程・化学過程と違って、定量的な把握ができない、いわゆる生命現象にもかかわっていて、問題解決には不確定性がある。それを以下に少しまとめた。

植物季節の問題点

 まず問題を列記しよう。
 (1)植物季節のある現象、例えば、発芽・萌芽・開葉・開花・満開・黄葉・紅葉・落葉など、それぞれ詳しく定義できるが、観測者の主観・経験は入らないか。
 (2)被観測植物の個体差、土壌条件、成育地の周辺の微気象条件、それぞれが毎年変化するはずだが、どう評価するのか。
 (3)特に、温暖化の影響のような新しい環境に対する被観測植物の適応をどう評価するか。また、一定の変化傾向に対する周辺環境条件の変化をどう評価するのか。
 (4)気象観測は観測経費・人員削減・予算縮小などの問題から自動記録化がすすんでいる。目視観測を主とする植物季節観測は、世界的には次第に縮小・廃止の傾向にある。
 (5)今後の課題として、例えば、上記の植物季節現象は自動カメラで観測・記録・送信することが可能であろう。また、ITの時代には、全国多数地点の記録を収集しやすくなるであろう。これらの具体的方策を確立する。
 以上、かなり専門的なことを述べたが、一般の方々、他の分野の研究者の方々にも考えていただきたいと思い、まとめた。

季節の捉え方

 これまでの研究は、“ある季節現象が、いつごろのどのような気候要素と密接な関係にあるか”、を明らかにするのが一つの目標であった。この関係が明らかになれば、どちらかの情報があれば別の方の現象の予測が可能である。その最たるものがサクラの開花日・満開日の予測である。一方、古い時代の花見の宴の日付けの記録から歴史時代の寒暖の波を推定するなども可能である。われわれは、このような研究の成果はかなりもっている。
 ここで私が考えるのは、このような単一の季節現象ではなく、複数の季節現象を組み合わせて気候状態の変化を捉えることの重要性である。具体的な例を2~3述べたい。
 (1)例えば、サクラの春の季節現象である開花日・満開日とサクラの秋の季節現象である紅葉日・落葉日を組み合わせた成長期間を求めその年年の変化傾向を捉える。これは夏または暖候季の長年の変動や、温暖化の影響評価に必要ではないかと思う。(図1)には日本のクワの萌芽日と落葉日の最近50年間の変化を示す。


(図1)日本におけるクワの萌芽日・落葉日の変化、1955-2005 (Yi et al., 2010による)

 萌芽日は約20日早くなり、落葉日も約20日遅くなっていることがわかる。つまり、成長期間は約40日長くなった。10年で8日も長くなっていることは、かなり重大な問題ではなかろうか。
 これを一般的に図示したのが(図2)である。温暖化により細い線のような年変化曲線が黒の太い線のような年変化曲線になり成長期間が長くなったことを示している。


(図2)温暖化した場合、春の季節現象変化と、秋の季節現象変化とが、成長期間の長さに関係する模式図

 (2)これまで、植物生態学者がよく研究しているように、ある生態系全体で、例えば、開花している種が幾つあるか、落葉している種が幾つあるか、などの捉え方である。ひとつの種に限定するのとまたことなった季節の把握である。
 (3)例えば、“ウメにウグイス”というのは、日本画のテーマであった。しかし、このような植物季節と動物季節の組み合わせ、ここではウメの開花日とウグイスの初見日・初鳴日の組み合わせで早春の季節現象と捉えられよう。また、ナノハナの開花日とモンシロチョウの初見日、ススキの出穂日・開花日とアカトンボの初見日などの組み合わせなどもあろう。このような組み合わせで季節現象を表現する方法を提案したい。
 (4)季節現象は温帯地方で明らかである。熱帯・寒帯・極地方、乾燥・半乾燥地方ではとらえられない。雨季・乾季を持つモンスーン地域では低緯度地方では季節現象がある。いずれにしても、グローバルにみると地域ごとに分析すべき対象が異なる。この点を考慮して季節の早遅を把握し、表現すべきである。


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