温暖化と生きる
No.29
2011.02.16
吉野正敏
ナイル川の洪水と温暖化
エジプトの政変
30年近くも続いたムバラク大統領が率いる政権は、エジプトの人びとの連日のデモによってゆるぎ、新しい政権の体制で出発することになった。今回の独裁打倒運動はチュニジアで始まった。エジプトが最大の山場であったようにみえるが、今日現在、アルジェリア・ヨルダン・シリア・サウジアラビア・イエメン・イランでエジプトの後に続く運動が激しさをますかも知れないと報道されている。反政府デモの引き金となった物価高騰、失業率の高さ、貧富格差の拡大など、これらの国ぐには、程度の差はあっても、いずれも同じ経済問題をかかえている点では違いがない。
これらの国ぐにの位置を地球規模でみるならば、北アフリカから中近東にまたがる乾燥・半乾燥地域である。“この地域の国ぐにの今回の政変は、温暖化の影響である”と言うつもりは全くないが、少し気になるデータがあるので、それを紹介しておきたい。
ナイル川の洪水
ナイル川は全長約6,690km、赤道付近が源で北に向かってアフリカ大陸の北東部を流れ、地中海に注ぐ。下流部はヌビア沙漠の中を流れる。毎年定期的に洪水・氾濫し、肥沃な土壌を堆積する。エジプトの数千年の農業の歴史はこの洪水・氾濫の賜物である。
当然、その状態は年によって異なる。水位は高い年もあれば、低い年もある。20世紀の初頭にそれを研究した人(O.Toussoon)がいて、その結果は膨大な資料となり、1925年フランスのオリエント考古学研究所(カイロ)の報告書(544ページ)として刊行された。
一方、1990年代になって、水位の状態とエル・ニーニョ年、ラ・ニーニャ年の発生状況との相関関係を歴史時代・先史時代・考古時代・地質時代に遡って調べる気運がたかまった。その結果、ここに紹介する一つの成果が生まれた。(表1)は622年から1973年までの1352年間におけるナイル川の弱い洪水の発生回数をまとめたものである。弱さの程度は弱い方から1、2、3、4、5の5段階の指数で表現した。
この研究の本来の目的は南方振動(SOI)に関連した気候現象を探求することで、特にナイル川の年年変動とSOIとの関係を明らかにすることにあった。カイロで測定されたナイル川の最高水位は、ナイル川上流部のエチオピア高原における6月から9月までの夏の季節風による降水量の指標である。カイロにおける平均水位より低い水位はSOIが低い(マイナス)年に対応しており、エル・ニーニョ年でみてもこの対応関係は成り立つかどうかを検討することにあった。
(表1)622年から1973年までの幾つかの期間別にみたナイル川洪水の出現年数と気候の状態 |
期間(紀元) | 622-999 | 1000-1290 | 1291-1522 | 1694-1899 | 1900-1973年 |
気候の状態 | 冷涼 | 小さい気候 最良期** | 移行傾向 | 小氷期* | 最近の 温暖化傾向 |
ナイル川洪水の指数別の年数 | |||||
指数 | 年数 | ||||
1 | 56 | 9 | 32 | 18 | 9 |
2 | 20 | 2 | 11 | 23 | 9 |
3 | 15 | 5 | 5 | 14 | 3 |
4 | 8 | 3 | 1 | 11 | 0 |
5 | 6 | 4 | 1 | 6 | 2 |
合計年数 | 105 | 23 | 50 | 72 | 23 |
ナイル川洪水の指数が連続して4年またはそれ以上現われた期間 | |||||
693-696 | なし | なし | 1713-1716 | なし | |
761-765 | 1782-1785 | ||||
769-773 | 1790-1797 | ||||
779-782 | 1835-1839 | ||||
945-951 | |||||
963-967 | |||||
[資料は、W. H. Quinn (1992): A study of Southern Oscillation-related climatic activity for A.D. 622-1900 incorporating Nile River flood data. In: El Nino, Historical paleoclimatic aspects of the Southern Oscillation, ed. by H. F. Diaz and V. Markgraf, Cambridge Univ. Press, 119-149. による] [* Little Ice Age、 ** Little Climatic Optimum] |
歴史時代の大きな変動
さて、この(表1)をみると、いくつかのきわめて興味ある事実が読みとれる。(1)指数1が全体のほぼ半数をしめる。すなわち、弱い洪水の年が多い。(2)指数4, 指数5、すなわち高い水位の年数は期間による差が小さい。言い換えれば、温暖な期間でも、寒冷な期間でも、同じような頻度で高水位の年が現れる。(3)相対的に見ると、寒冷な期間ほど全体の中でしめる指数1、指数2の弱い洪水(低い水位)の年数が多い。(4)逆に温暖な期間ほど、指数1、指数2の年数は少ない。
さらに、次のことは重要である。(5)表1では7~10世紀は冷涼な期間(時代)と想定されている。これはナイル川の弱い洪水の年数が多かったことを根拠としている。しかし、東アジア・東南アジアでは温暖な時代であった。(6)(表1)では11~13世紀は温暖な時代であったことを示している。これを小さい気候最良期(Little Climatic Optimum)と呼び、それ以前の7~10世紀と区別した。すなわち、ナイル川流域では温暖化が東南アジア・東アジアより遅れている。(7)インドでも同じような傾向の研究結果があり、夏の季節風の長期変動に由来すると言われる。(8)画期として、7~10世紀、11~13世紀、17~19世紀、20世紀以降が成り立つ。世界的な気候変動の画期と考えられる。
ナイル川の洪水から学ぶことは
ナイル川の洪水・氾濫は温暖な時代には少ない。これは上流部のエチオピア高原における夏の季節風による降水量が少なくなるからである。つまり、乾燥化の傾向があるからである。しかし、そのような時代でも、強い高い水位の洪水の年ははさまり、その頻度は比較的寒冷な時代と同じくらいである。
このような気候変動の条件は当然、農業生産に影響を及ぼし、生産性は低下する。その結果、食料不足が深刻化する。しかし、人口は増加するから、人口圧・社会不安は増加し、貧富の差は拡大する。この過程は一般的にどの地域でもあてはまるであろう。ただし、地域(国)によって、その過程の進行には数十年から場合により1~2世紀の遅速があり、波の大きさの差がある。