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温暖化と生きる

No.9

2010.05.12

吉野正敏

沙漠の水

沙漠の水は増えるか、減るか?

 “温暖化すると、沙漠の水は増加するのか、減少するのか?” 答えを先に言えば、“一概には言えない”である。“アフリカ・中近東・中国や蒙古などで異なる”、“大陸上の位置による地域差が大きい”、“盆地の中心部と周辺部などの局地差が大きい”、“地下水と地表水(川・湖の水)で異なる”など、グローバルスケールからマクロ・メゾ・マイクロスケールまで、それぞれの空間・時間スケールで答えは違うのである。これを一概に、“こうだ”と言うと、かえって誤りを犯すことになる。
 沙漠はもともと雨が少ない。いや、雨が少ないから沙漠になっているのである。日本では24時間、すなわち1日に20~30mmの雨が降ることはめずらしくない。台風が来たときや梅雨時の集中豪雨では1日に200~300mm降るが、人びとの対応・対策はできているので、大災害にはならない。ところが、沙漠では10年に1回くらい、あるいは、20~30年に1回ではあるが、20~30mmの雨が短時間に降る。こうなると、泥でできた沙漠の家、排水溝などがない沙漠の道路は壊され、大災害になる。
 このような集中豪雨的な降雨の発生回数が、むかしは20~30年に1回だったのが、最近は数年~十数年に1回となったと言うならば、これは温暖化との関係がありそうだと思ってよいであろう。しかし、発生回数が少ない稀な現象なので、統計学的に有意かどうか、結論しにくい。ここが泣きどころである。

文明発祥の地、中東の雨

 チグリス河・ユーフラテス河の流域で、古代のメソポタミア文明が起った。四大河川文明、あるいは、揚子江文明を含めて最近は五大文明とも言うが、その一つで、約6,000年前に起源を持ち、約3,500年前に寒冷化したころに衰退した。このチグリス河・ユーフラテス河流域の降雨や利用可能な水量は21世紀にはどうなるだろうか。沙漠や半砂漠地域は観測地点が少ない。過去の観測値の解析から将来の予測をするのは難しい。最近、超高分解能モデル(20kmメッシュ、鉛直には60層)を使ってシミュレーションで求められた(A. Kitou, A. Yatagai, and P. Alpert, 2008, Hydrol. Res. Letters, 2, 1-4)ので、この結果を紹介したい。
 地中海の東部海岸、イスラエル・レバノン・シリアからトルコ南東部を経てザグロス山脈の南西向き側の斜面地域は降水量が比較的多く、上に凸の半月形に肥沃な土地がひろがっている。これを“肥沃な三日月地帯”(Fertile Crescent)と呼び、中近東の乾燥地帯の北縁にあって、水利用の目的から関心の高い地域である。

降雨分布

 (図1)はその結果である。先ず、(図1)(a)は地形(高度、m)を示す。(図1)(b)は降水量分布(mm)を示す。(図1)(c)は現在の状態をシミュレーションによって画いた図(PCとする)である。このPC図は(図1)(b)を非常によく再現している。つまり、シミュレーションの高い精度を立証している。


(図1)中近東の降水量分布と温暖化の影響。説明は本文中にある。(Kitoh et al., 2008による)

 (図1)(d)は2081-2100年の状態を中程度の温暖化シナリオで推定した結果(FMとする)、(図1)(e)は高い温暖化シナリオの結果(FHとする)である。(図1)(f)はFM-PCの値の分布図、(図1)(g)はFH-PCの値の分布図である。
 (図1)(f)でわかるように、2081-2100年、すなわち、今世紀の終わりころには中程度の温暖化シナリオによる推定で、この三日月地帯は見事になくなっている。高い温暖化シナリオでは乾燥化傾向(図で赤い色)の地域となり、ペルシャ湾奥の地域に連続している。以上の結果から、“肥沃な三日月地帯”をはぐくむ降雨は消滅することが推定される。

利用可能な水量

 厳密に言えば、降雨量と利用可能な水量とは異なる。降ってきた雨、全部を利用できるわけではないからである。上記の研究では利用可能な水量として降水量から蒸発量をひいた値を計算している。降水量が増加してもそれを上回って蒸発量が増加すれば結果としては乾燥化することになる。
 地表流出量は0.5度の格子点で求めた。(図2)(a)は現在の年流出量(立方m/sec)の分布(PCとする)、(図2)(b)は現在の年流出量(PC)から2081-2100年の中程度の温暖化シナリオによる年地表流出量(FM)への変化(%)をしめす。(図2)(c)は(図2)(b)と同じだが高い温暖化シナリオによる年地表流出量(HM)への変化(%)である。


(図2)中近東の地表面流出と温暖化の影響。説明は本文中にある。(出典は図1と同じ)

 次にハイドログラフと流出量の年変化を、(図2)(d)ユーフラテス河(Euphrates, 44.25 E, 32.75 N)、(図2)(e)ヨルダン河 (Jordan, 35.75 E, 32.75 N)、(図2)(f)シェィハン河(Ceyhan, 35.25 E, 36.75 N)にそれぞれしめした。(図2)からこの3河川とも減少する。そして、例えば、ユーフラテス河ではFMでは29%、FHでは73%減少する。この3河川の中ではシェィハン河がもっともひどい減少(%)を示す。
 この地域では今世紀末、農業用水・飲料水などの不足が起きるのは必至で、対策を立てなければならない。また、ヨルダン河をはさんだ国境地域では水に起因する国境問題が深刻化してくるだろうと共著者の一人アルパートは指摘している。
 沙漠では水が、国家間の政治問題にまで、からむのである。


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