温暖化と生きる
No.42
2011.08.17
吉野正敏
夏の雷
雷の季節・雷の原因
雷というと夏の代名詞のように思うが、世界中どこでもそうではない。本州の日本海側の冬の雷については、この連続エッセイでも何年か前に書いたことがある。また、“春雷”というような俳諧の世界の感覚を、われわれはもっている。ベートーヴェンの田園交響楽の中のテンペスト、すなわち“あらし”の中でとどろく雷鳴も、晩春か初夏の感覚のように思える。盛夏や秋ではないようである。
雷はいつの季節に多いか。地方・地域によって、その季節が異なるのはなぜか。雷は強い上昇気流によって生じる雷雲の中で発達する。この上昇気流の発生は、主に次の3原因がある。すなわち、
① 地表面が強く加熱されて生じる場合、これを「熱雷、ねつらい」という。
② 寒冷前線の前面・停滞前線上などで発生・発達する場合、これを「界雷、かいらい」という。
③ 強い低気圧のなかで発達する場合、これを「渦雷、からい」という。
この分類は定性的なもので、個々の場合、この分類の一つだけに決められないこともある。
熱雷は地表面が高温になる夏、すなわち、中緯度高圧帯に覆われて乾燥した中緯度の夏によく発生する。界雷は深い温帯低気圧が発達し寒冷前線が活発化する季節に多い。また、梅雨前線上のような停滞する前線上に生まれる。渦雷はやはり温帯低気圧が日本海で発達する場合に多い。
雷の年間日数・年変化
日本における年間の合計雷日数(1971-の2000年の平均)の分布は(図1)のとおりである。

(図1)年雷日数の分布(気象庁による)
日本海側の金沢が37.4日で日本全国で最多、冬の界雷が多い。太平洋側では宇都宮が24.0で最多、夏の熱雷が多い。鹿児島・那覇などで、大きい値がでるのも熱雷が夏に多いためである。
月別雷日数
月別の雷日数の変化を、(図1)でわかるように太平洋側の代表地点である宇都宮を例にとって、(図2)(左)にしめした。宇都宮は栃木県の北西部の足尾山地・日光山地で発生する熱雷の影響を受け、本州で夏の雷日数は最多である。

(図2)月雷日数の代表的2地点における年変化(気象庁による)
(左)宇都宮:7・8月にピークが出る。(右)金沢:12・1月にピークが出る。
(図2)(右)には、やはり(図1)でわかるように、日本海側の代表地点として、金沢をとりあげた。日本海側では、冬の季節風と、日本海沿岸を洗う暖流の影響で温暖で湿った海面近くの気層と、中央山岳地域の夜間の冷却によって形成される局地高気圧から流出する低温な気流などで、局地的な前線ができやすい。この前線上には界雷が発生しやすい。金沢はその代表例である。夏の熱雷とはまったくメカ二ズムが異なる。
この(図2)(左)から明らかなように、宇都宮では8月をピークにして5月から9月までの5ヶ月間に集中して雷が発生している。これは、北太平洋高気圧に覆われる日数、日中の時間(太陽高度)などに関係している。宇都宮を“雷都”という理由もうなずけよう。
宇都宮における気温は(表1)に示す。
(表1)宇都宮における3ヶ月平均の気温(1981~2010年の平均) |
3ヶ月 | 平均気温 (℃) | 階級別日数 25℃かそれ以上 | 30℃かそれ以上 | 35℃かそれ以上 |
6―8月 | 23.5 | 68.5日 | 36.8日 | 3.4日 |
7―9 | 23.9 | 71.1 | 39.8 | 3.6 |
上の(表1)を見ると7-9月の方が若干気温が高いし、高温な日数も多い。これをいいかえれば、雷の発生回数の差にはこの程度の地面付近の気温の差は関係なく、①上空の寒気の流入やそれにともなう山地斜面上の上昇気流の強化、②背の高い積乱雲(入道雲)の発達、③高温状態が広い範囲で長時間継続することなどがからんでいると思われる。
また雷の回数の統計は、最近、対地放電(落雷)・雲放電・対地放電/雲放電の3種でとられている。例えば、2007年の観測結果では、7-9月にピークをしめしたのは、上記の3番目の雲放電に対する対地放電の値であった。つまり、放電の構造の月変化も関係する。
雷発生回数の日変化
雷発生の日変化の資料は少ない。気象庁による雷検知数の日変化は2006年~2008年の合計値で発表されている。日本全国の対地放電(落雷)の検知数を集計すると、12時(約2万個)から急上昇し、16時(約7.8万個)をピークとして14-18時に集中し、21時(約2万個)には午前の状態にもどる。夜間(1.2ないし1.5万個)で少ない。
雷日数の長期傾向
地球温暖化の影響は雷日数の変化に現れているのだろうか。1日4回(03、09、15、21時)の目視観測結果から長期変動を1961-2000年の期間について藤部・山崎・勝山は解析した(天気、2005、52-4)。その結果では、15時の顕著な減少傾向が認められた。
前橋・熊谷・水戸について約70~100年間の観測値から長期変化傾向を吉田(2002)は解析した(天気、49-4)。その結果、前橋では1955年ころからの減少が認められた。
冬の雷日数は増加しており、温暖化の影響も考えられているのに、夏の雷日数の増加は認められないのだろうか。これは最近の人びとの経験にも反するように思える。そこで、上記の研究論文にのっている図をよくみると、1985年以降は大まかには上昇傾向があるようにみえる。これは統計的に有意かどうか、詳しく検討する必要があろう。地球温暖化の影響が顕著に現れるのは一般的には1980年代以降だから、ごく最近の20-30年についてのみとりあげて統計的に研究する必要があろう。
いま、手元にたまたまあった名古屋における夏の雷日数のデータから1991―2010年の20年間を5年ごとに区切って、(表2)に示す。最近の10年間は増加している状況がわかる。
(表2)名古屋における夏の月平均雷日数* |
5年間 | 月平均日数 7-8月 | 6-9月 |
1991―1995年 | 9.0日 | 13.0日 |
1996―2000年 | 7.4日 | 12.2日 |
2001―2005年 | 9.8日 | 13.8日 |
2006―2010年 | 9.2日 | 14.0日 |
[*雷日数とは、雷電または雷鳴のいずれかを観測した日数。雷光・雷鳴を含めない]
目視観測にせよ、雷検知器械による観測にせよ、多数の観測地点において毎時の観測を行い、解析しなければならない。地球温暖化の影響を雷日数の長期傾向の中で探るには、近年の20-30年に焦点をあてねばならない。
雷による被害
気象庁によると、雷による直接被害は年に約630億円という。しかし、操業停止・サービス停止などの間接被害を含めると1,000~2,000億円とも考えられている。
テレビ・パソコン・冷蔵庫などが普及し、これらの家電製品への雷対策費用、雷による故障件数は増加の一途をたどり費用はかさむ。また、機器のネットワーク化、監視カメラ・火災報知システムのネットワーク化にともない、電源線の他に制御線や通信線・LAN回線などが接続されており、落雷により、その間に電位差が発生して、機器が破壊される。昔にはなかった雷による被害である。われわれは、このような被害への対策は不十分である。まったく無防備・無対策ともいえる。“雷鳴を聞いたらコンセントを抜け”ということすら、実行はほとんど不可能である。地球温暖化で、雷日数が本当に増えたら大変なことである。