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温暖化と生きる

No.40

2011.07.20

吉野正敏

夏型の気圧配置 ―総観気候学の立場から―

天気図型・気圧配置型と地球温暖化

 天気図を今日知らない人はいないであろう。英語ではウェザーマップ、またはウェザーチャ-トという。気象学の専門用語ではシノプチックチャート(総観図)という。総観とは少し高い位置から見渡すことである。天気図とは天気の分布を示すばかりでなく、等圧線が引いてあって、高気圧・低気圧の位置や高さ深さ、前線や、主要地点の風向・風速がわかる矢羽根が記入してある。これはある地域範囲における大気の状態を見渡す・・・・総観する・・・・ために役立つ図である。
 日本では冬型(西高東低型)・夏型(南高北低型)・梅雨前線型・移動性高気圧型・気圧の谷型・台風型など6種類の主要な気圧配置型に分類される。時にはその遷移型や重複型の場合があることはいうまでもない。ある地点の気候をとらえるには気温・降水量・風向風速など気候要素別に記述することもできるが、ある地域という広がりを持つ空間の数日ないし10日間くらいの天候は天気図型(気圧配置型)の出現回数・出現組み合わせなどでとらえた方がよい。たとえば、地球温暖化すると〝冬型気圧配置の出現回数が減る“といえば、冬の本州日本海側では積雪深は浅くなり、気温は高くなり、太平洋側の乾燥した風は弱くなり・・・・などの状態が想像つくわけである。
 ところで、地球温暖化すれば、日本付近の夏型気圧配置はどうなるのだろうか。このようなことを調べるのが総観気候学(シノップティック・クライマトロジー)である。総観気候学が対象とする地域のスケールは、基本が高気圧・低気圧・前線など、総観規模のスケール(シノップティック・スケール)であるから大体決まってくる。あまり小さい空間、例えば、室内・温室内などや、反対に大きな空間、例えば大陸規模・半球規模の地域ではその中に高気圧・低気圧が二つも三つも入ってしまい、効果的な分析ができない。東アジアとか、北西ヨーロッパとか、地中海地方とか、そのくらいの広さの地域で最も効果的な分析・解析・研究ができる。
 この学問は第2次大戦中に発達した。詳しい過去の観測値をもたない気候学的に未知の地域に月くらいの時間について作戦計画を立て行動をしなければならない場合、先ず大まかな予想を立てるのに役立った。ノルマンディー上陸作戦・鹿島灘相模湾上陸作戦・広島長崎の原爆投下作戦など、連合国側、特にアメリカ合衆国で発達した。例えば夏型気圧配置の時、長崎と長野の雲量の相反する傾向を調べておいて、もし決行の日、長崎の天気が原爆攻撃に不適当だったら長野を選ぶなどの作戦方針決定に役立てた。われわれにとっては、忌まわしい、恐ろしい話だが、学問の本質とは無関係である。第2次大戦中の原子物理学の運命と同じである。

総観気候学の歴史

 東アジアに関する総観気候学の歴史は長い。多少専門的だがこの連続エッセイの読者には周辺分野の研究者や学生さんも多いので、簡単にここでまとめておきたい。一般の方がたにも理解を深めるのに役立つと思う。
 総観気候学という言葉は使わなかったが、そのものズバリの論文を書いたのは中国の気候学者、竺 可(Chu Coching, 新しい表記では Zhu Kozehn)であった。1927年、彼は岡田武松の気圧配置分類も参考にしながら、冬型を6類型、夏型を5類型に分類し1924年1月から1926年6月までの30カ月について各月の出現頻度を表でしめした。結果はアメリカ気象学会誌に発表された。1973年アメリカで活躍した気候学者バリー(R. G. Barry)はSynoptic Climatology という550ページの本を書いた。この中には多数の日本人に研究結果が紹介されている。詳しい総観気候学の歴史は筆者の『気候学の歴史』(古今書院、2007年)にあるので、参考にしていただければ幸いである。(表1)はこれらを参考にして、今回の夏型気圧配置の総観気候学的な話に至るバックグラウンドをしめす。

(表1)東アジアの天気図型・気圧配置型に関する総観気候学の歴史年表

時代年代内容文献

[先史時代]
1908ヨーロッパの天気図型分類J. v. Hann 1908: Handbuch der Klimatologie
1925北米の天気図型分類R. DeC. Ward 1925: Climates of the United States
[歴史時代]
天気図型1927東アジアの天気図型分類Chu Co-ching 1927: Bull. Amer. Met. Soc., 8, 164-167
気団気候学1938中国の気団Tu Chanwan 1938: Mem. Centr. Geophys Obs,
1939気団気候学(Airmass Climatology) H. E. Landsberg 1939: Gerlands Beitr. Geophys., 51,278-285
1948日本の気候記述における「気団分類」荒川秀俊1948:日本の気候
総観気候学1946~
1947
ヨーロッパ・東アジアの天気図型分類・出現頻度W. C. Jacobs 1946: Bull. Amer. Met. Soc., 27, 306-311 and 1947: Met. Monogr., 1(1)
1949総観気候学矢澤大二1949:地理学評論、22、44-53
総観気候学1952ヨーロッパの気圧配置型分類P. Hess et al. 1952: Ber. Deutsch. Wetterd. US-Zone, (33), 1-38
天候気候学1954中央ヨーロッパの天気図型分類H. Flohn 1954: Witterung und Klima in Mitteleuropa
総観気候学1955動気候的把握高橋浩一郎1955:動気候学、岩波書店
1956欧米の総観気候学の展望矢澤大二1956:気候学、地人書館
1957動気候学との関係F. K. Hare 1957: Dynamic and synoptic climatology. A. A. A. G., 47, 152-162.
1967半旬別の気圧配置ごよみ吉野正敏ほか 1967:天気、14(7)、250-255
1969総観気象学との関係高橋浩一郎 1969:総観気象学、岩波書店
[展望]
歴史的展望2007天気図型(気圧配置型)分類の歴史吉野正敏2007:気候学の歴史、古今書院


 以上をまとめると、それぞれのテーマの成長開始年代は以下のようになろう。逆にいえば、各年代の主要な成果は次のとおりである。

天気図型(気圧配置型)の分類1920年代
気団分類とその気候学1930年代
総観気候学・天候気候学1940年代
気圧配置ごよみ1960年代
気圧配置型の出現頻度の長期変化(地球温暖化の影響など)1980年代
気圧配置型の年による異常(エルニーニョ年など)1980年代
発達史・展望2000年代

2011年の夏型気圧配置

 夏型気圧配置がよく出る年とそうでない年がある。もちろん、暑い年には夏型気圧配置の出現日数は多い。今年は5月から夏型気圧配置になり、今これを書いている7月中旬でも、すでに暑い夏である。ところが、例えば1970年代はよく変動の時代といわれ1970年代の夏型気圧配置の年による差は大きかったが、それは7月・8月の合計が30~45日にもなった年で、5~6月はほとんど0、まれに1、2日が出るだけであった。今年、2011年とは大きな違いである。
 2011年5月19日~21日、6月9日~11日、28日~29日は典型的な夏型気圧配置型であった。岩手県の三陸沿岸の津波被災地の例を(表2)にあげておく。

(表2)岩手県の東日本大震災による津波被災地の数地点における
    2011年5月・6月の典型的な夏型気圧配置の日の日最高気温とその平年差(℃)の例

地点5月 6月
20日 10日 28日 29日

宮古24.4+5.825.2+7.928.0+6.729.5+8.1
大船渡28.0+9.122.3+1.328.9+6.431.6+9.0
久慈25.3+7.429.1+9.831.9+11.130.2+9.3
釜石26.4+6.926.5+5.226.1+3.631.4+8.8

 この表を見れば平年値からのプラス偏差は驚くばかりである。久慈では6月28日にプラス11.1℃という酷い暑さとなった。平年より6~9℃高い日最高気温が出ることは稀でないようになってしまった。
 このような夏型気圧配置が5~6月に出る傾向が、直接、地球温暖化の影響であるという研究結果はない。しかし、北太平洋の中緯度高気圧の強化、特にその西部(いわゆる小笠原高気圧の部分)の強化が原因であることはいうまでもない。熱帯で上昇気流を持つ子午面循環(ハードレイ・セル)が活発になり、北日本周辺地域で下降気流が発達する。その結果、北日本で特に高温になるのではないかと思われる。今後の研究が待たれる。
 それにしても、例年なら7月下旬から8月いっぱいが夏本番であるが、今年はどうなるのか。被災地の皆さまの体調維持にかかわる大問題だが、確たる予想が立たないのがわれながら、はがゆい。


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