温暖化と生きる
No.28
2011.02.02
吉野正敏
新幹線と雪
雪の難所
関が原の合戦で名高い米原付近は東海道でも雪の難所であった。新幹線の時代になっても、冬の季節風が強いときには、日本海側から太平洋側にぬける風が米原付近からときには名古屋あたりまで雪を降らせ、新幹線の列車の運行を乱す。この程度のことには乗客もなれている。
ところが、青森まで最近開通したばかりの東北新幹線を含め、上越・長野・山形・秋田の5新幹線の“東日本新幹線”全線が、2011年1月17日、1時間15分にわたって完全にストップするという事態が発生した。人びとのまったく予期しない出来事であった。今回、このトラブルについて書いておきたい。温暖化が遠因になっているかも知れないからである。
1月17日の東日本新幹線トラブル
テレビ・ラジオ・新聞などのメディアはこの事態をこぞって取り上げ、運行管理システムCOSMOS(コスモス)にまつわる人災のように報じた。しかし、この人災以前に、異常気象による災害があったように私には思える。
まず、現在、私が把握している事態の推移を(表1)にまとめた。
(表1)2011年1月17~18日の東日本新幹線混乱の推移 |
時刻 | 事態 |
17日朝(時刻不明) | (1)雪のため福島県内の東北新幹線でポイント故障。 |
(2)24本の列車ダイヤを変更。 | |
8時23分ころ | (3)JR東日本の新幹線管理システムにおいて、列車ダイヤの修正必要箇所がシステム上限の600件を超える修正を実施。 |
(4)システムのモニターでは、運行担当者がダイヤを変更すると、到着予定時刻の変更必要な箇所が表示され、上限の600件を超えると予定時刻を示す線が一時的に画面から消える。 | |
(5)データは1分ごとに更新され入力作業中は上限を超えたり、超えなかったりする。担当者は「点滅」を「システムの不具合」と受け取った。 | |
(6)システム部門は表示の仕組みや修正上限数を把握していたが運行指令員は知らされていなかった。 | |
(7)運行指令員はシステムの不具合を疑って全列車を止めた。 | |
9時38分ころ | (8)列車の運行可能を確認。 |
10時10分ころ | (9)モニター表示が正常にもどる。 |
夕刻まで | (10)運休や遅れにより利用者約81,000人に影響。 |
18日朝 | (11)JR東日本は原因の解明結果を発表。 |
(注:新聞などの情報をまとめたので、不正確な点は今後修正する) |
この表のとおり、事の起こりは雪によるポイント故障である。上記(11)ではシステムに関する解明結果の説明だけで、どのようなポイント故障がどこの地点のどのポイントで発生したのか不明である。しかも、それをどのメディアも指摘しなかったのも不思議である。“雪によるポイント故障”は古くからあり、“初歩的”とは言わないが、雪国における“伝統的”な雪害である。それを新幹線の時代になってもまだ克服できないのであろうか。
トラブルの原因
今回のトラブルから学ぶべきことは次の3点にまとめられよう。
a)悪天候で運行が乱れたときのダイヤ変更の予測をシステム設計部門に伝えていなかった。これには悪天候の内容(気象要素・強さ・継続時間・発生頻度・季節変化・温暖化による変化傾向・地域的特徴など)をあらかじめ予測し、明らかにし、それを伝えておくべきであった。内容によって運行の乱れ方が大きく異なるから、その予測結果を運行担当部門とシステム設計部門とが共有していなければならない。
b)列車本数の増加は、どの時代でも乗客数の増加にともなって、必ず起きる。増加率は予測可能であるから、余裕あるシステムを設計することが必要である。
c)表示仕組みの対応を周知させることが必要で、運行担当者が管理システムを十分に理解していることが必要である。これは、会社内の組織の問題であるが、コンピュータだけに頼れない部分があることが今回、計らずも、明らかになった。人間の“想定外”は、コンピュータの“不具合”ではない。今回に似た現象は、今後も起りうると思う。
上記のa)についてもう少し述べる。まず、今回の雪の影響が福島県内で起きたことに注目したい。この連続エッセイ[26]でも、12月末に発生した福島県内を走る国道49号線の自動車交通雪害にふれ、今冬の雪害発生地域について注目すべきことを強調した。すなわち、北陸・上信越の豪雪地帯の限界のさらに外側(低緯度側)の地域である福島県で起きていることである。今年の鳥取県の雪害も同様の位置関係で、鳥取県は北陸地方より低緯度である。これは、シベリアからの寒気は低温であったが、日本海の本州沿岸の海面水温は高かったためであろう。
また、今年の雪害は、積雪の密度が大きく重いために事態を悪化させた場合が多い。鳥取県境港の漁船転覆でもそうであった。また各地で発生した山林の林木の雪害、電柱・鉄塔・送電線の被害も、雪の重量が特に大であったことが被害を大きくした。今回の新幹線のポイント故障も、あるいは重い雪の影響があったのではなかろうかと思うが、データがまったくない。
新幹線の売り込みポイント
1月18日、国土交通大臣は記者会見で、「度重なる運行トラブルで新幹線そのものの評判が損なわれ、新幹線システムの海外展開に疑念が生じない態勢を築く」ことを強調した。これは上記のb)、c)を述べたものであって、a)には全くふれていない。
私の考えでは、今回の「雪の影響」対策の経験を生かし、雪害対策を新幹線システムの高い技術力の一つに加え、日本の新幹線技術を外国に売り込むときの有利な条件とすべきである。つまり、『日本の新幹線営業地域には、[1]豪雪地帯があり、[2]短時間に多量の降雪・積雪があり、[3]短距離(日本海側と太平洋側の距離数十km内)で雪の影響には大きな差があり、[4]世界で唯一の積雪・降雪地域である。そして、[5]その積雪・降雪地域の限界線は温暖化によって変化する可能性がある。また、[6]この[1]~[5]の現象に関する局地
スケール・小スケールの気候学・気象学は世界でもっとも進んでいる。このような気象・気候の知見をシステムに取り込み、作り上げている』と、売り込みの際に一つの有力なポイントとして強調すべきである ついては、国土交通大臣様、このような期待に応えられるよう、[1]から[5]に関する気象・気候の研究にも、力をより一層注いでください。