心配は猫をも殺す

　この諺は英語のことわざ、Care killed a cat.の訳である。古代エジプトでは、猫というものは、高い所から落ちても足からきちんと着地して怪我ひとつしないことから、「何度も生き返ることのできる動物」として神聖視され、崇拝されてきたようである。よく犬と比較されるが、犬よりもかなり強健で余程のことがない限りなかなか死なないことから、「猫に九生あり」(A cat has nine lives.)という諺すらある。そのようにずぶとく生きる猫でさえも、心配のためには死ぬこともある。そのことから冒頭の諺が言い伝えられてきたようである。
　それは丁度「心配は身の毒」という日本の諺と相通ずるものである。

　新年度を向かえると、新入学生も新入社員も環境が一変して、それへなかなか適応できずに悩む学生や新社会人が少なくない。いわゆるストレスである。ストレスという言葉はもともと物理学用語であったのが、生理学者ハンス・セリエ(カナダ)によって、「暑さや寒さ、強い光や音、中毒、感染症、怪我や激しい筋肉労働・運動、あるいは精神的な圧迫などなどに対して、防衛反応が体に現れる」、その反応に対してストレスと命名された。これらのうちの初めの4つは、昨今の異常気象や熱帯とか極寒地における過酷な気象条件下でも見られるものである。過酷な自然条件は人間の知恵や科学技術によってある程度まで食い止められるし、筋肉労働や運動は社会システムの適度なコントロールで緩和されるが、それらの背後にある目に見えない精神的圧迫は、そう簡単には取り除くことはできない。そのうえ、物心両面においてストレスが大きすぎくても小さすぎても生産性が低下することも明らかである(下図を参照)。
　精神的なストレスからは、不安や精神的な緊張の高まりによる肩甲挙筋や僧帽筋の収縮、顔を顰めたり、額に皺を寄せることによって収縮する前頭筋収縮からくる頭痛、歯軋りや頸間接などの機能異常などが発症するとされる(横田、2000)。
　このように、悩んでばかりいると体までおかしくなるのである。むしろ「気軽ければ病軽し」とも言われるように、あまり病気のことを気にしないことが最上の養生であると、昔から言われている。
　ともかく、新生活のスタートが自宅からであれば心配度は小さいであろうが、郷里から離れての入学や入社であると母親の心配は計り知れないものがあろう。博多人情を綴った江頭光氏の一節に、就職して遠くへ出かける息子に向かって、「服装はキチッとして、シャツは手まめに洗濯するとばい。都会には、えり見てつき合う人の多かけんね」と、心配そうに言って聞かせるくだりがある。「えり見てつき合う」という博多の諺は、相手の着物の襟の汚れぐあいをじっくり見てとり、敏感に態度を変えて待遇することを意味するようである。
　また、ストレスには悪いストレスばかりでなく良いストレスもあるとされる。「良いストレス」とは、夢とか、好きなスポーツ、あるいは良い人間関係など、自分を奮い立たせてくれたり、勇気づけてくれたり、元気にしてくれたりする刺激とその状態です。 このような「良いストレス」を有効に持つことによって人生は豊かになるのだとも言われる。
　小学校に入学し、やがて「いじめ」的な付き合いもあるかもしれない。そのようなストレスをタイガーマスクから頂いたランドセルが守ってくれるかもしれない。まさに虎の衣を借りてでもストレスに打ち勝ってもらいたいものである。 ここで川柳を一句、

　 ランドセル タイガーマスクの汗におう　　　　義龍

　なお、ストレスは真面目で素直すぎる人がかかりやすいと言われているが、そのことを見事に歌詞にした森高千里さんの「ストレス」がある。その詩の中に「ストレスが地球をだめにする」というのがある。昨今の猛暑による人体へのストレスを緩和するためにクーラーなどを多用することで炭酸ガス排出量が激増して地球温暖化を招いている。その地球温暖化がまた新たなストレスをもたらすのである。印象に残る詩の一節でる。

http://www.stresscare.com/info/what.html より引用

文献：
奥津文夫：『英語のことわざ』 (日本実業出版社、1994)
横田敏勝：『漱石の疼痛、カントの激痛』 (講談社現代新書、2000)
江頭　光：『博多人情 ことわざ百科』 (西日本新聞社、1975)